「加入する」「増やす」「設定を変える」は別の問い

「自動化すると貯蓄が増える」という一文だけでは、研究が何を確認したのかが曖昧になります。

まず分けたいのが、制度に参加するかどうかです。貯蓄制度が用意されていても、本人が加入手続きをしなければ始まらない制度と、最初から加入した状態になっている制度では、入口が異なります。MadrianとSheaの2001年の研究が主に扱ったのは、この自動加入によって参加行動がどう変わったかという問題です。

次に、すでに参加している人がどれだけ貯蓄するかという問題があります。 ThalerとBenartziの2004年の研究では、昇給に合わせて貯蓄率を自動的に引き上げるSMarTプログラムが扱われました。こちらでは平均貯蓄率の推移が報告されています。

さらに、自動化された設定をそのまま受け入れるのか、自分で変更するのかという論点もあります。自動加入の研究では、参加したかどうかだけでなく、会社が設定した拠出率や運用先にどの程度とどまったかも観察されています。

したがって、自動加入と自動増額は一括りにせず、「参加」「貯蓄率」「初期設定への滞留」という別々の結果として読む必要があります。

自動加入で参加率は大きく上昇

Brigitte C. MadrianとDennis F. Sheaが2001年にThe Quarterly Journal of Economicsで発表した研究は、401(k)を自動加入へ変更した米国の大企業1社の従業員を対象としています。

この研究で報告された一つ目の結果は、自動加入によって401(k)への参加率が大きく高まったことです。また、加入時点の差も縮小したと報告されています。

ここで重要なのは、この報告について確認できているのが変化の方向であり、効果量を示す数値ではないことです。「何ポイント上昇した」といった数値は、今回参照した抄録には記載がありません。そのため、自動加入による参加率上昇の大きさを数値で比較することはできません。

また、これは米国の大企業1社を対象とした研究です。自動加入という制度変更と参加行動との関係について重要な報告ではありますが、米国全体や日本の制度で同じ結果が確認されたという意味ではありません。

初期設定にとどまる参加者

MadrianとSheaの研究では、もう一つ、自動加入後にどのような設定が選ばれたかも報告されています。

自動加入後の参加者の相当部分が、会社側によって設定された拠出率と運用先の両方にとどまりました。つまり、加入だけが自動化された後に、すべての参加者が自分で拠出率や運用先を選び直したわけではありません。

この結果は、自動加入を考えるときに「参加率が上がった」という一点だけを見ない理由になります。制度の初期設定は、加入するかどうかだけでなく、加入後の設定とも並べて確認する必要があります。

ただし、この点についても報告されているのは「相当部分がとどまった」という方向のみです。会社設定の拠出率や運用先に残った割合について、今回使用できる根拠には数値がありません。初期設定への滞留が確認されたことと、その効果量が数値で確認できていることは分けて扱う必要があります。

研究台帳 — 自動加入と初期設定は退職貯蓄の選択をどこまで変えるか

昇給時の自動増額で平均貯蓄率が上昇

Richard H. ThalerとShlomo Benartziが2004年にJournal of Political Economyで発表した研究では、SMarTと呼ばれる仕組みが扱われています。

これは、自動加入そのものではなく、昇給時に貯蓄率を自動的に引き上げるプログラムです。標本は、このSMarTプログラムを最初に導入した米国企業です。企業数や規模は、今回参照した抄録には記載がありません。

提案を受けた従業員のうち、SMarTへの参加率は78%でした。さらに、参加者の 80%が4回目の昇給まで継続したと報告されています。

平均貯蓄率については、導入前の3.5%から、導入40か月後には13.6%となりました。経過期間として確認できているのは、4回の昇給を含む約40か月間です。

この研究では、自動増額の仕組みの導入後に平均貯蓄率が上昇したことが、具体的な数値として報告されています。一方で、自動加入研究とは対象となる仕組みも、報告されている指標も同じではありません。

研究台帳 — 昇給時に貯蓄率を自動で引き上げる仕組みは従業員の貯蓄率をどこまで押し上げたか

「意志か仕組みか」まで研究は答えていない

2本の研究を並べると、制度の初期設定や自動化と、実際の貯蓄行動が無関係ではないことは読み取れます。

自動加入の研究では参加率が大きく高まり、参加者の相当部分が会社設定の拠出率と運用先にとどまりました。自動増額の研究では、提案を受けた従業員の 78%が参加し、その参加者の80%が4回目の昇給まで継続し、平均貯蓄率は 3.5%から40か月後の13.6%となりました。

ただし、ここから「貯蓄は意志ではなく仕組みで決まる」とまで広げることはできません。今回確認しているのは、特定の米国企業で導入された制度と、そのもとで観測された参加や貯蓄率です。

また、2研究は互いの結果をそのまま追試したものではありません。どちらの研究についても、独立した追試の成否はまだ評価されていません。Thalerと Benartziの研究はMadrianとSheaの研究へ言及していますが、これは関連研究としての参照であり、追試ではありません。

したがって、この2本から確認できる範囲は、「自動加入では参加行動と初期設定への滞留が報告された」「自動増額では参加・継続と平均貯蓄率の上昇が報告された」というところまでです。

2研究が報告した内容の対照

貯蓄自動化研究2本の報告内容
研究 標本 対象となった仕組み 報告された内容
Madrian・Shea(2001) 401(k)を自動加入へ変更した米国大企業1社の従業員 自動加入 参加率が大きく上昇し、加入時点差が縮小。参加者の相当部分が会社設定の拠出率・運用先にとどまった。効果量の数値は確認されていない
Thaler・Benartzi(2004) SMarTを最初に導入した米国企業 昇給時の自動増額 提案を受けた従業員の78%が参加。参加者の80%が4回目の昇給まで継続。平均貯蓄率は導入前3.5%から導入40か月後13.6%

対照すると、2研究の役割の違いが見えます。MadrianとSheaは、自動加入による「制度に入るか」と「初期設定から動くか」を主に示しています。Thalerと Benartziは、昇給時の自動増額のもとで「参加を続けるか」と「貯蓄率がどう推移したか」を数値で報告しています。

そのため、「自動化には効果があった」と一つの数字にまとめることはできません。自動加入について今回確認できる効果量は数値化されておらず、自動増額については平均貯蓄率の具体的な推移が報告されています。研究ごとに確認できる指標の違いを残したまま読むのが適切です。

日本市場への距離

今回取り上げた2研究はいずれも米国を対象としています。どちらの研究も、日本への適用可能性はまだ評価されておらず、日本市場では未検証という留保が付きます。

日本では、iDeCo・企業型DCは自動加入ではなく任意加入が基本です。そのため、 MadrianとSheaが観測した自動加入後の参加行動を、そのまま日本の制度に当てはめることはできません。

また、ThalerとBenartziが扱った昇給時の自動増額についても、日本の iDeCo・企業型DCで同じ結果が確認された研究は、本記事の根拠には含まれていません。

米国の研究から確認できるのは、制度の入口や増額方法を自動化した環境で、参加率、初期設定への滞留、継続率、平均貯蓄率に一定の結果が報告されたことです。日本の制度でも同じ変化が起きるのか、その大きさが同程度なのかは未検証です。

「貯蓄は意志より仕組みか」という問いに対して、今回の2研究は仕組みと行動の関係を示す材料を提供しています。しかし、日本の個人投資家の貯蓄行動まで含めた一般則が確認されたわけではありません。米国企業で観測された実証結果と、日本でまだ確認されていない範囲を分けることが、この研究群を読むうえでの境界になります。

本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧