一括投資と積立投資はどちらが理にかなうのか — 答えが基準で割れる理由
まとまった資金があるとき、一度に投資するのか、それとも一定額ずつ時間を分けて投資するのか。資産形成では繰り返し問われるテーマです。結論を先に書くと、今回確認した研究から「一括投資と積立投資のどちらが常に優れている」とは整理できません。期待効用を基準にすると定額の分割投資は最適ではないという理論がある一方、投資期間中に損失状態を経験する確率、その深さ、続く期間を見ると、ドルコスト平均法のほうが小さいとする理論研究があります。答えが違うのは、研究が測っているものが違うためです。
「どちらが有利か」だけでは問いが一つ足りない
一括投資とドルコスト平均法を比べるとき、最初に確認したいのは「何をもって良い投資方法とするのか」です。
今回取り上げる研究では、この評価基準が異なります。
Constantinidesによる1979年の研究は、毎回一定額を投資する方針が、期待効用を最大化する動的な投資方針として最適なのかを扱っています。こちらの焦点は、投資家の期待効用を基準にした最適性です。
一方、Trainorによる2005年の研究は、一括投資とドルコスト平均法について、投資期間の途中で損失状態に陥る確率、損失の規模、そして損失状態が続く期間を比較しています。こちらが測っているのは、投資期間中にどの程度損失に晒されるかです。
したがって、「一括投資と積立投資はどちらが理にかなうのか」という問いは、少なくとも二つに分ける必要があります。
期待効用を最大化するという意味で合理的なのか。それとも、投資期間中に損失状態を経験する確率や深さ、長さを抑えるという意味で合理的なのか。この二つは同じ問いではありません。
定額で分けて投資することは最適な動的方針ではない
George M. Constantinidesが1979年にThe Journal of Financial and Quantitative Analysisで発表した研究は、期待効用最大化の動的計画による数理モデルを扱った理論研究です。実証データを用いた市場比較ではありません。
当サイトの研究検証台帳では、この研究について、毎回一定額を投資する方針は、期待効用を最大化する動的な投資戦略として最適にはならない、という結論の方向を記録しています。
ただし、この記録の読み方には注意が必要です。
今回確認できているレコードでは、効果量を示す数値はありません。また、 Cambridge Coreの出版社ページには独立した抄録がなく、著者自身の証明手法や前提も台帳上では確認されていません。結論の方向は研究の表題から読み取ったものです。
そのため、この研究を根拠に「一括投資が何%有利だった」といった数値を付けることはできません。また、「どのような条件でも一括投資のほうが優れる」とまで広げることもできません。
確認できるのは、定額の分割投資を機械的に続けることが、期待効用最大化という基準における最適な動的投資方針ではない、という方向です。
これは、ドルコスト平均法が損失を経験しにくいかどうかとは別の論点です。期待効用上の最適性と、投資途中で感じる損失の状態を混同しないことが、この研究を読むうえで重要になります。
損失に晒される確率・深さ・期間では結果が変わる
William J. Trainor Jr.が2005年にFinancial Services Reviewで発表した研究も、実際の投資家の売買記録を集計した実証研究ではありません。 first-passage time probabilityに基づき、5年の投資期間を想定した理論モデルです。
この研究では、一括投資とドルコスト平均法について、投資期間中に損失状態を経験する可能性が比較されています。
5年間で一度でも損失状態を経験する確率は、一括投資では90%超、ドルコスト平均法では50%未満と報告されています。
また、損失が発生した場合の条件付き期待ショートフォールは、ドルコスト平均法で一括投資比65%縮小すると報告されています。
損失状態が続く期待期間についても差があります。一括投資では1.5年だったのに対し、ドルコスト平均法では4カ月とされています。
つまり、この研究が扱った「損失に晒されること」という観点では、ドルコスト平均法のほうが、損失状態を経験する確率、条件付きの損失規模、損失状態が続く期間のいずれも小さい方向を示しています。
ここでも注意したいのは、Trainorの研究が「最終的な投資成果としてドルコスト平均法のほうが優れている」と報告しているわけではないことです。
測定しているのは、5年という投資期間の途中で損失状態に入る確率や、その状態の深さと長さです。投資期間中の経路に注目した比較といえます。
この点が、期待効用最大化を扱ったConstantinidesの研究との違いです。
二つの研究は何を報告しているのか
| 研究 | 研究の種類・対象 | 評価しているもの | 報告内容 |
|---|---|---|---|
| Constantinides(1979) | 理論研究。期待効用最大化の動的計画 | 定額の分割投資が最適な動的投資方針か | 毎回一定額を投資する方針は最適にはならないという結論の方向。ただし効果量の数値は確認されていない |
| Trainor(2005) | 理論研究。5年の投資期間 | 投資期間中の損失経験の確率・規模・継続期間 | 一度でも損失状態を経験する確率は一括投資90%超、DCA50%未満。条件付き期待ショートフォールはDCAで65%縮小。損失状態の期待期間は一括投資1.5年、DCA4カ月 |
二つを並べると、一見すると結論が反対に見えます。
しかし、実際には同じ指標について反対の結果を出しているわけではありません。
Constantinidesが問うのは、期待効用を最大化する動的投資方針として、一定額の分割投資が最適なのかという問題です。Trainorが問うのは、一括投資とドルコスト平均法で、投資期間中の損失状態への晒され方がどう異なるかという問題です。
前者では定額分割投資は最適ではないという方向が示され、後者ではドルコスト平均法のほうが損失状態を経験する確率、深さ、長さが小さいと報告されています。
したがって、今回の二つの研究から読み取れるのは、「積立か一括か」という選択に対して研究が一つの順位を与えているのではなく、評価基準によって見える結果が変わるということです。
期待効用上の最適性を基準にするのか、投資期間中に損失へ晒される経験を基準にするのか。この基準を明示しないまま「研究では一括投資が正しい」「研究では積立のほうが安全だ」とまとめると、研究が実際に報告した範囲を越えてしまいます。
日本市場への距離
今回確認した二つはいずれも理論研究です。当サイトの研究検証台帳では、再現性については評価されておらず、日本市場への適用可能性についても評価されていません。
Constantinidesの研究は米国学術誌に掲載された理論研究で、日本市場で同じ結論になるかは確認されていません。さらに、今回の台帳では著者自身の証明手法や前提まで確認できておらず、効果量を示す数値もありません。
Trainorの研究についても、日本市場を対象に検証した研究ではありません。 5年の投資期間を想定した理論モデルであり、取引コストを含めた比較でもありません。
したがって、ここで紹介した結果を、そのまま日本の株式市場や日本の個人投資家の投資環境へ置き換えることはできません。
今回の研究から確認できる範囲は限定されています。期待効用最大化という基準では定額の分割投資が最適ではないという方向が示される一方、投資期間中の損失経験という基準ではドルコスト平均法のほうが損失の確率・深さ・長さを小さくするという報告がある。その二つが並存している、というところまでです。
一括投資と積立投資のどちらが理にかなうのか。その答えは、「何を合理性の基準にするのか」を決めなければ一つには定まりません。
本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。
出典一覧
- Constantinides, A Note on the Suboptimality of Dollar-Cost Averaging as an Investment Policy (The Journal of Financial and Quantitative Analysis, 1979) — 期待効用最大化の動的計画による理論研究。実証標本や観測期間の記載はない。
- Trainor, Within-horizon exposure to loss for dollar cost averaging and lump sum investing (Financial Services Review, 2005) — 5年の投資期間を想定したfirst-passage time probabilityによる理論研究。実証標本や観測期間の記載はない。