「自社株への集中」で分けて考える三つの問い

自社株への集中投資を考えるとき、「集中すると危険なのか」という一問だけでは、研究が実際に観測した内容とずれやすくなります。本記事では、当サイトの研究台帳に収録した米国の研究を、三つの問いに分けて確認します。

一つ目は、参加者がなぜ自社株を多く持つのかです。本人が将来の株価を見通して配分しているのか、それとも過去の株価成績を手掛かりにしているのか。この点を直接扱っているのがBenartziの研究です。

二つ目は、自社株への集中が参加者個人の判断だけで生じるのかという問いです。雇用者による拠出方法や選択肢の設計が集中に関係している可能性について、MitchellとUtkusが米国の確定拠出年金制度を整理しています。

三つ目は、勤め先への依存が給与だけでなく退職資産にも重なる問題です。いわゆる人的資本と金融資産の二重集中です。ただし、この効果量を直接測った研究は、今回参照する当サイトの台帳にはありません。ここは、制度とリスクの整理と、直接測定された実証結果を分けて読む必要があります。

過去に上がった自社株ほど401(k)でも多く持たれていた

Shlomo Benartziが2001年にThe Journal of Financeで発表した研究は、米国の401(k)における自社株配分と、過去の株価成績との関係を調べています。対象は、1993年12月時点のS&P500 構成企業のうち11-k報告を提出していた企業で、分析対象は 136〜154社です。

研究では、過去リターンとして1983〜1992年を観測し、その後の自社株配分との関係を調べています。その結果、過去10年リターンが最低だった企業群では、参加者は任意拠出の10.37%を自社株へ配分していました。一方、過去10年リターンが最高だった企業群では39.70%でした。

つまり、この標本では、自社株が過去によく上がっていた企業ほど、その後の401(k)でも自社株への配分が大きいという対応が観測されています。

ここで重要なのは、この結果が「自社株を多く持つ参加者が将来を正しく予測していた」という意味ではないことです。 Benartziは、こうした自社株配分の多寡が、その後の株価成績を予測しなかったと報告しています。

配分後の株価成績として観測された期間は1994〜1997年です。ただし、この「予測しなかった」という結果について、今回の研究台帳では効果量を示す数値を採用していません。確認できるのは方向のみです。

したがって、この研究から読み取れるのは、「過去の株価成績と自社株配分には対応があった」「その配分の多寡は、その後の株価成績を予測しなかった」という二点です。過去によく上がった自社株を多く持つ行動が、その後の高いリターンにつながったという結果ではありません。

研究台帳 — 自社株の過去リターンへの外挿が401(k)の自社株配分を左右するが、将来リターンは予測しない

集中は参加者だけでなく制度設計からも生じる

Olivia S. MitchellとStephen P. Utkusは2002年、米国の雇用者提供型確定拠出年金制度における自社株集中を整理しています。これはNBERのワーキングペーパーであり、今回参照している資料は査読誌掲載論文ではありません。

この研究は、米国労働省やEBRI/ICIなどの複数の調査データと、モンテカルロ・シミュレーションを用いています。対象期間は、今回確認した抄録では明示されていません。

MitchellとUtkusが指摘しているのは、自社株集中を参加者自身の資産配分判断だけでは説明できないという点です。大企業の確定拠出年金制度ほど、雇用者が拠出を自社株へ誘導し、分散を制限する制度設計が見られ、集中した株式保有につながりやすいと整理されています。

つまり、自社株の保有比率が高い状態を見たとき、そのすべてを「本人が自社株を選んだから」と解釈することはできません。制度上どの資産へ拠出されるのか、参加者がどの程度選択できるのかという条件も関係します。

同研究では、参加者が自社株のリスクを過小評価する傾向や、自社株の過去の株価成績への依存も指摘されています。この点は Benartziの観測と近い問題設定ですが、MitchellとUtkusについて今回の台帳に収録されている結果には、これらの大きさを示す効果量はありません。確認できるのは方向のみです。

企業倒産時に退職貯蓄まで影響を受ける構造

MitchellとUtkusは、自社株へ集中した退職制度が持つもう一つの特徴として、企業そのものと退職貯蓄の関係を扱っています。

同研究では、株式保有が集中した退職制度では、企業倒産によって退職貯蓄の一部または全部を失う参加者が常に生じると整理されています。ここでも、今回の台帳に損失率などの効果量は収録されていません。したがって、どの程度の集中ならどの程度の損失になるかという数値までは本記事の根拠からは示せません。

また、分散推進はこのリスクを緩和しうる一方、企業が自社株による拠出を他の報酬形態へ振り替える可能性も指摘されています。したがって、自社株拠出だけを切り離して制度変更の影響を評価することもできません。

ここで研究が扱っているのは、単に一銘柄の価格変動が大きいという話だけではありません。勤務先企業の状態と、退職資産の状態が同じ企業に結び付いている構造そのものです。

給与と資産が同じ会社に依存する「二重集中」

自社株問題では、給与と金融資産の両方が同じ会社に依存する構造も、一般的な論点としてしばしば挙げられます。これはいわゆる人的資本と金融資産の二重集中と呼ばれる整理です。

勤め先の会社は、従業員にとって給与を得る場所であると同時に、自社株を通じて退職資産の価値を左右する対象にもなりえます。そのため、自社株への集中は、一般的な一銘柄集中とは異なる側面を持ちます。

ただし、この点は慎重に区別する必要があります。今回の当サイトの研究台帳には、「給与と退職資産を同じ会社へ集中させた場合、分散した場合と比べて損失がどれだけ増えるか」といった効果量を直接測定した研究はありません。

したがって、本記事から「二重集中によってリスクが何倍になる」といった数値的な結論を導くことはできません。研究の報告として確認できるのは、MitchellとUtkusが、株式保有の集中した退職制度では企業の倒産によって退職貯蓄の一部または全部を失う参加者が生じると論じているところまでです。給与への依存まで含めた二重集中そのものは、本記事の根拠では測定されていません。

研究台帳 — 確定拠出年金における自社株集中保有の実態とリスク、分散推進の政策選択肢を検討した研究

二つの研究が報告したこと、していないこと

二つの研究が報告したこと、報告していないこと
研究 標本・対象 報告された内容 本記事の根拠では確認できないこと
Benartzi (2001) 米国。S&P500構成企業のうち11-k報告提出企業。分析対象136〜154社 過去10年リターン最低企業群では任意拠出の10.37%、最高企業群では 39.70%を自社株へ配分。自社株配分の多寡はその後の株価成績を予測しなかった 将来株価を予測しなかった結果の効果量。日本で同じ関係が成立するか
Mitchell・Utkus (2002) 米国の雇用者提供型確定拠出年金制度。複数調査データとモンテカルロ・シミュレーション 制度設計による自社株集中、参加者によるリスクの過小評価や過去成績への依存、企業倒産時の退職貯蓄への影響を整理 各効果の具体的な大きさ。人的資本との二重集中の効果量。日本での再現性

二つの研究を並べると、自社株集中には少なくとも二つの経路が示されています。一つは、過去によく上がった自社株ほど多く配分されるという参加者側の行動です。もう一つは、雇用者による拠出方法や選択肢の設計です。

一方、「自社株を多く持つ参加者は、その後も高いリターンを得た」という結果はBenartziでは確認されていません。また、 MitchellとUtkusが扱うリスク認識や制度設計については、今回の台帳に効果量を示す数値がありません。

研究から確認できる範囲は、「集中が観測されたこと」「その集中に過去リターンや制度設計が関係していたこと」「集中した退職制度では企業倒産と退職貯蓄が同時に結び付くこと」までです。

日本市場への距離

ここまでの結果は、いずれも米国の退職制度を対象としています。 Benartziの研究は米国企業の401(k)、MitchellとUtkusの研究も米国の雇用者提供型確定拠出年金制度を扱っています。

当サイトの研究台帳では、Benartziの結果について日本への適用可能性は未評価です。また、今回の台帳には日本の持株会を検証した研究がありません。

したがって、米国401(k)で観測された自社株集中と、日本企業の持株会を同じものとして扱うことはできません。日本の制度に固有の条件についても、本記事の根拠からは検証できません。特に、日本の持株会における奨励金などの条件が、参加者の配分や長期的な結果にどのような影響を与えるかは未検証です。

人的資本との二重集中についても同様です。給与と金融資産が同じ会社に依存する構造は一般的な整理として挙げられますが、その効果量を直接測った研究は今回の台帳にはありません。

米国研究から確認できるのは、自社株への集中が単なる将来予測の結果ではなく、過去の株価成績や制度設計と結び付いて観測されていることです。その観測が日本の持株会でも再現されるか、制度固有の条件を含めてどの程度の影響があるかは、別の検証課題として残ります。

関連記事 — 貯蓄は意志より仕組みか(自動加入と自動増額の実証)

本記事は査読誌等に掲載された研究および公開ワーキングペーパーの一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧