扇が示す期待幅

当サイトのトップを毎日見ていると、相場が期待レンジの扇の内側に収まる日が続くことがあります。すると、この範囲なら大きな心配はない、と受け取りたくなるかもしれません。ただし、この扇が示している情報には範囲があります。

当サイトの定義は「最新ATM IVから次回SQまで広がる期待レンジ扇(濃色±1σ、淡色1〜2σ、破線±2σ)」です。ATMは現在の指数水準に近い行使価格のオプション、SQは日経225先物・オプションの最終清算日で、毎月第2金曜日です。σはIVから計算した想定変動幅の単位です。

したがって、扇は現在のATM IVを起点として、次回SQまでに想定される値動きの幅を描いています。価格に織り込まれた変動の大きさを把握する材料になり、扇が表すのは価格に織り込まれた分布の一部です。

連続変動とジャンプ

この区別を考える材料になるのが、Andersen、Fusari、Todorovの2017年の研究です。米国CBOEのS&P 500指数オプションを対象に、2011年1月から2014年12月までの日次データを使い、満期まで2〜9日の期近週次オプションからリスク中立分布を推定しました。

研究ページ — Andersen・Fusari・Todorov(2017年)

研究では、ATM付近の価格からスポット・ボラティリティを捉え、深いOTMの価格からジャンプの強度と分布を識別しています。ここでいうジャンプ尾部は、連続的な値動きでは表しにくい急激な下落の大きさと発生強度です。リスク中立分布は、リスクプレミアムを含むオプション価格から逆算された価格付け上の確率分布を指します。

米国S&P 500の標本では、短期オプションから推定した負のジャンプ尾部の形状に、市場ボラティリティと別に動く変動が観測されました。さらに米国S&P 500の標本では、その変化が大きい局面が、標準的なパラメトリックモデルによる長期オプションの大幅な価格誤差と重なったと報告されました。

この観測から考えると、ATM IVから描く扇は連続的な変動の大きさを考える材料として位置づけられます。一方、急激な下落を表すジャンプ尾部については、深いOTMの価格が別の情報を持っていました。この研究の対象は米国S&P 500で、日経225や日本のSQ制度は対象外です。

左裾リスク因子

同じ研究者による2015年の研究では、1996年1月から2013年4月までのS&P 500指数オプションの価格曲面と、S&P 500先物の高頻度データ、SPYのリターンが週次で分析されています。ここでは、市場全体のボラティリティだけでオプション価格に含まれる下落側の情報を説明できるかが検討されました。

研究ページ — Andersen・Fusari・Todorov(2015年)

米国S&P 500の標本では、価格付けされた左裾リスクを張るために、市場ボラティリティとその構成要素に加えて、別の裾リスク因子が必要だったと報告されました。下落側に価格付けされた情報には、ATM IVの水準の外側にある部分がある、という観測です。

さらに米国S&P 500の標本では、この裾リスク因子は、現在と過去のボラティリティを超えて将来のボラティリティやジャンプを予測しなかったと報告されました。その一方で、米国S&P 500の標本では、将来の株式リスクプレミアムと分散リスクプレミアムの予測に関係していました。

ここは扇を見る際に意味のある切り分けです。IVが低いという情報と、左裾にどのようなリスクプレミアムが価格付けされているかは、別々の軸で整理する対象です。この結果も米国市場で得られた観測であり、日経225での再現性は未確認です。

証拠金と資金拘束

オプション価格には、値動きの分布のほかに、市場環境も関係します。Hitzemann、Hofmann、Uhrig-Homburg、Wagnerの研究は、米国個別株オプションを対象に、証拠金による資本拘束とオプション収益の関係を調べています。

研究ページ — Hitzemann・Hofmann・Uhrig-Homburg・Wagner(2021年)

標本期間は1996年2月から2013年8月で、2017年12月稿では約975万option-monthsが分析されました。米国個別株の標本では、需要圧力と証拠金要件でポートフォリオを分類すると、証拠金による資本拘束がオプション収益の横断差に反映されたと報告されました。

また米国個別株の標本では、証拠金プレミアムの符号が最終投資家の需要方向によって反転し、資金調達環境が逼迫した時期ほど大きかったと報告されました。高いオプション買い圧力の標本に限定した米国個別株の分析では、証拠金の低いオプションを買い、高いオプションを売る月次デルタヘッジ超過収益が、コールで月率12パーセント、プットで月率3パーセントと報告されています。

ただし、この研究が調べたのはオプション収益の横断差で、証拠金が不要になる条件や追証の発生確率は対象外です。対象も米国個別株の月次オプションであり、指数オプション、満期前日のポジション、日本のSPAN制度は対象外です。現行のSSRN稿では分析枠組みも改訂されています。

扇と手口データ

ここまでの3本はいずれも米国市場の研究です。研究1と研究2はS&P 500、研究3は米国個別株が対象で、日経225について同じ関係が成立するかは未検証です。そのため、これらの結果を日経225の将来予測へ置き換えるには、日本市場での検証が別に必要です。

それでも、期待レンジの役割を整理する材料にはなります。ATM IVから作る扇は、オプション価格に織り込まれた分布のうち、主として連続的な変動の大きさを捉える表示です。その周囲には、深いOTMに表れるジャンプ尾部、左裾に含まれるリスクプレミアム、証拠金や資金調達環境に伴う価格付けという別の情報があります。

当サイトのトップにある手口チャートやオプション手口のデータを見る際も、扇を市場全体の安全圏として扱うより、現在のATM IVが示す期待幅として位置づけると、各データの役割を分けて考えやすくなります。扇の内側に価格が続いていても、急落リスクや資金拘束の状態は、扇とは別の情報で評価する対象です。

本稿は米国市場を対象とした研究の観測と限界を紹介するものであり、投資助言を目的とするものではありません。

本記事は研究の紹介であり、売買推奨や投資助言ではありません。

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