運用コストは成績にどう効くか — 投信の持続性研究と市場全体の費用集計
投資信託を選ぶとき、手数料や運用コストはどこまで気にする必要があるのでしょうか。高い費用を払うファンドでも、その分だけ良い成績を継続できるなら問題はない、という見方もできます。結論を先に書くと、今回確認した米国研究では、費用は投信の成績持続性を説明する要因として扱われ、市場全体でもアクティブ運用には無視できない費用が集計されています。ただし、日本の投信について同じ関係が確認されたわけではありません。
「手数料と成績」の問いは二つに分けて考える
「投資信託の手数料・運用コストと成績にはどんな関係があるのか」という問いには、少なくとも二つの見方があります。
一つは、個々の投資信託を見たときに、過去の好成績や低成績がその後も続くのか、そしてその持続性を費用がどこまで説明するのかという問いです。
もう一つは、市場全体でアクティブ運用を行うために、投資家がどれだけの費用を負担しているのかという問いです。こちらでは個別ファンドの優劣ではなく、投信だけでなくヘッジファンド、機関投資家勘定、個人投資家まで含め、市場全体の活動に伴う費用を集計します。
今回の研究検証台帳には、この二つの問いに対応する米国研究があります。
Mark M. Carhartの1997年研究は、生存者バイアスを除去した米国株式ミューチュアルファンド群を対象に、成績の持続性を調べています。一方、Kenneth R. Frenchの 2008年研究は、1980〜2006年の米国株式市場を対象に、アクティブ運用に投じられる費用を市場全体で集計しています。
同じ「コスト」の話でも、測っている対象は異なります。この違いを分けて読む必要があります。
好成績の持続性は費用だけでは説明されていない
Carhartの研究が扱ったのは、生存者バイアスを除去した米国株式ミューチュアルファンド群です。当サイトの台帳で確認できる抄録・書誌情報には、標本期間の記載はありません。
この研究では、過去に好成績だったファンドが翌年も好成績になりやすい、いわゆる「ホットハンド」現象の大部分について、前年の勝者株を保有し続けていることによる一年モメンタム効果に由来すると報告されています。
ここで重要なのは、ファンドマネジャー自身がモメンタム戦略によって追加的な収益を得ている、と解釈されているわけではない点です。ファンドが保有していた銘柄側の値動きが、成績の持続性として観測されていたという整理です。
さらにCarhartは、共通ファクターと投資費用によって、投信のリターンとリスク調整後リターンの持続性がほぼ完全に説明されると報告しています。
つまり、過去の成績が続いて見えることを、そのまま運用者固有の能力の証拠とはしていません。費用を含む既知の要因を考慮すると、説明されずに残る部分は、主として最下位ファンド群の低成績継続に集中していました。
この結果について、研究は熟練した、あるいは情報優位を持つマネジャーの存在を支持していません。
ただし、この研究について当サイトの台帳に記録されている結果は方向のみです。費用がリターンを何ポイント押し下げたか、費用の違いに対して成績がどの程度変化したかといった効果量の数値は確認されていません。
したがって、この研究から「費用が一定量増えると成績が一定量下がる」といった数値関係を読み取ることはできません。確認できるのは、費用が成績持続性を説明する主要な要因の一つとして報告されている、という範囲です。
市場全体ではアクティブ運用に費用が発生している
Frenchの2008年研究は、個別の投資信託ではなく、1980〜2006年の米国株式市場全体を対象としています。対象には投信、ヘッジファンド、機関投資家勘定、個人投資家が含まれます。
この研究では、市場全体でアクティブ運用を探索するために負担されていた費用について、市場時価総額に対し年率0.67%だったと報告されています。これは 1980〜2006年の平均です。
この0.67%は、特定の投資信託の信託報酬を示した数字ではありません。アクティブ運用を行う投資家全体と、パッシブ運用との費用差を市場全体で捉えた研究です。そのため、個別商品の手数料比較にそのまま置き換えることはできません。
Frenchはさらに、合理的な仮定のもとで、典型的な投資家がパッシブ運用へ切り替えた場合の増分リターンを、1980〜2006年平均で67ベーシスポイント/年と試算しています。これは費用控除後の試算です。
ここでも注意したいのは、「アクティブ運用を行えば市場より67ベーシスポイント/年だけ低い成績になる」という個別ファンドについての実測結果ではないことです。市場全体に投じられている費用を集計し、一定の仮定のもとでパッシブ運用との差を試算したものです。
同じ研究では、価格発見のために投じられてきた資本化コストについて、現在の市場時価総額の10%が下限として報告されています。上限は当サイトの台帳では確認されていません。
この点は、アクティブ運用の費用を単純に「不要なコスト」とだけ整理できないことも示します。研究は価格発見に関わるコストも扱っており、市場全体の費用集計と個々の投資家が負担する費用の評価は、同じ問いではありません。
二つの研究から確認できること、できないこと
Carhartとフレンチは、ともに運用費用を扱っていますが、一方は投信の成績持続性、もう一方は米国市場全体の費用を測っています。
| 研究 | 標本 | 費用について報告された内容 | 成績との関係 |
|---|---|---|---|
| Carhart (1997) | 生存者バイアス除去済みの米国株式ミューチュアルファンド群 | 共通ファクターと投資費用が成績持続性をほぼ完全に説明 | 説明できない残差は最下位ファンド群の低成績継続に集中。効果量の数値は台帳で確認されていない |
| French (2008) | 1980〜2006年の米国株式市場。投信・ヘッジファンド・機関投資家勘定・個人投資家 | アクティブ運用探索費用は市場時価総額に対し年率0.67%。価格発見の資本化コスト下限は現在の市場時価総額の10% | 合理的仮定のもと、典型的投資家のパッシブ切替による増分リターンを67ベーシスポイント/年と試算 |
二つを並べると、「高い費用を払うほど必ず成績が悪くなる」という単純な関係を直接測った二研究ではないことが分かります。
Carhartが示しているのは、投信の過去の成績持続性を説明するとき、共通ファクターだけでなく投資費用も重要だったという結果です。一方のFrenchは、アクティブ運用という活動そのものに市場全体でどれだけの費用が投じられているかを集計しています。
したがって、今回の根拠から読める範囲は、「運用コストは無視できない」という一般論よりも限定的です。米国投信では費用が成績持続性を説明する要因として報告され、米国市場全体ではアクティブ運用に伴う費用が実際に集計されている、というところまでです。
個別ファンドについて「手数料が高ければ、その分だけ成績が悪くなる」といった比例関係や、一定以上の手数料なら成績が悪化するといった境界値は、この二研究からは確認できません。
日本市場への距離
今回確認した二つの研究はいずれも米国を対象としています。
Carhartは米国株式ミューチュアルファンド群についての研究であり、日本の投資信託を対象としていません。Frenchも1980〜2006年の米国株式市場全体を集計した研究です。当サイトの研究検証台帳では、両研究とも日本市場への適用可能性は未評価で、再現性についても未評価です。
そのため、Carhartが報告した「共通ファクターと投資費用による成績持続性の説明」が日本の投資信託でも同じように観測されるかは確認されていません。
同様に、Frenchが米国市場について報告した年率0.67%というアクティブ運用探索費用や、67ベーシスポイント/年というパッシブ切替の増分リターン試算を、日本市場の数値として扱うこともできません。
今回の台帳には、日本の投資信託を対象に、費用とその後の成績の関係を直接測った研究はありません。
したがって、この二研究から言えるのは、米国では投信の成績持続性を分析するうえで費用が説明要因となり、市場全体でもアクティブ運用に伴う費用が計測されてきた、ということです。日本の投資信託について同じ関係や同じ大きさが成り立つかは、今回確認した根拠の範囲では未検証です。
本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。
出典一覧
- Mark M. Carhart, On Persistence in Mutual Fund Performance (The Journal of Finance, 1997) — 標本期間は原典抄録に記載なし。対象は生存者バイアスを除去した米国株式ミューチュアルファンド群。
- Kenneth R. French, Presidential Address: The Cost of Active Investing (The Journal of Finance, 2008) — 1980〜2006年の米国株式市場(投信・ヘッジファンド・機関投資家勘定・個人投資家)が対象。