「最良の10日を逃す」という計算は何を比べているのか

この問いでは、少なくとも三つの論点を分ける必要があります。

一つ目は、長い株価系列から上昇率の大きかった日を事後的に選び、その日を除いた場合に最終的な資産価値がどう変わるかです。「最良の10日を逃すとどうなるか」という数字は、まずこの種類の計算です。

二つ目は、その最良日が時間軸のどこに現れるかです。上昇日の上位だけを抽出した結果と、同じ時期に大きな下落日が発生しているかどうかは別の情報です。最良日と最悪日が近接しているなら、「最良日だけ参加する」「最悪日だけ回避する」という解釈には追加の検証が必要になります。

三つ目は、それらの日を事前に予測できるかです。事後的に重要な日を特定できることと、その発生前に市場の出入りを判断できることは同じではありません。

この三点を混ぜると、「最良日を逃したら成績が悪化した」という観察から、そのまま特定の投資行動へ結論を広げてしまいます。ここでは、各研究が実際に報告した範囲だけを確認します。

15市場では最良10日を除くと終値が大きく低下した

Javier Estradaが2008年にThe Journal of Investingで発表した研究は、 15カ国・地域の代表株価指数を対象に、最良の日と最悪の日が長期の投資結果にどの程度影響するかを調べています。日本も分析対象に含まれ、全市場を合わせた標本は160,278営業日です。各市場の開始年は異なり、終了日は 2006年12月31日です。

全期間について15市場の平均を見ると、最良10日を逃した場合の終値は、パッシブに保有した場合と比べて50.8%低下したと報告されています。

逆方向の計算もあります。最悪10日を回避した場合には、終値が150.4% 上昇しました。

1990〜2006年の17年間に限定した分析でも、最良10日を逃した場合の終値変化はマイナス43.3%、最悪10日を回避した場合はプラス87.9%でした。この期間では、日本・台湾・タイの3市場について、パッシブ投資の終値そのものが投資元本を下回っています。

したがってEstradaの研究から確認できるのは、長期間の指数リターンが少数の極端な日によって大きく変化し得ることです。特に、「最良10日を除いた系列」と元の系列との差は小さくありません。

ただし、これは事後的に最良・最悪の日を特定して除外した計算です。この研究の記録から、「その10日を事前に識別できた」とは確認されていません。また、取引コストを含まない標本内の結果であり、当サイトの研究台帳では追試状況も評価されていません。

研究台帳 — 15カ国の株価指数で「最良・最悪の数日」が長期リターンを左右することを示した研究

最良日と最悪日は別々に現れるとは限らない

Mebane Faberの2011年のSSRNワーキングペーパーは、別の角度から最良日・最悪日を扱っています。こちらは査読誌掲載論文ではありません。

著者紹介記事から確認できる範囲では、世界の複数の株式市場指数について、騰落率が極端に大きかった日の発生時期を調べています。ただし、具体的な対象市場と分析期間は確認できていません。

報告されている方向として重要なのは、最良日と最悪日として抽出されるような外れ値の日が、時間的にばらばらに発生するのではなく、近接した時期に固まる傾向があったことです。

さらに、最良日・最悪日の多くは、市場がすでに下落を始めた後の局面で発生したとされています。

ここにはEstradaの計算を読むうえで重要な注意があります。Estradaは「最良10日を逃した場合」と「最悪10日を回避した場合」をそれぞれ計算しています。しかしFaberの指摘どおり両者が同じような時期に集中しているなら、実際の市場参加者が最良日だけを逃す、あるいは最悪日だけを回避するという状態を当然の前提にはできません。

一方で、Faberについて当サイトの台帳で確認できるのは方向だけです。外れ値の集中がどの程度だったのか、最良日・最悪日の何割が下落局面にあったのかといった効果量は確認されていません。したがって、Estradaの50.8%や150.4%と数値で比較することもできません。

研究台帳 — 株式市場の最良日・最悪日は下落局面に集中して現れるかを検証した研究

外れ値が重要でも、それを予測できるとは限らない

「最良の日が長期リターンを左右する」という話から、もう一段先へ進むと、市場の出入りを予測できるかという問題になります。

Ivo WelchとAmit Goyalが2008年にReview of Financial Studiesで発表した研究は、「最良の10日」を直接検証したものではありません。対象は米国で、 1872〜2005年のデータを用い、S&P500の配当込み収益から短期金利を引いた株式プレミアムを複数の変数で予測できるかを調べています。月次データは 1927年からです。

この研究では、既報の予測モデルについて、標本内・標本外の予測性能が弱く不安定だったと報告されています。見かけ上の有意性が1973〜75年の石油ショックに依存する場合も多く、1975年以降の標本外では歴史平均を上回ったモデルはなかったとされています。

配当価格比については、1976〜2005年の標本外R2がマイナス15.14%、同期間の標本内R2がマイナス4.80%、全期間の標本外R2がマイナス2.06%でした。

この研究が示しているのは、「最良日を予測できない」という直接の検証結果ではありません。そうではなく、株式プレミアムを既知の変数から安定して予測すること自体が難しかったという別の研究結果です。

したがって、Estradaによる「少数の日を除くと結果が大きく変わる」という事後的な計算と、「その日を発生前に見分けられるか」という予測問題の間には距離があります。逆に、WelchとGoyalの結果だけから市場の出入り全般について結論を出すこともできません。

研究台帳 — 株式プレミアム予測は、標本外では歴史平均を上回らない

3研究を並べると何が確認できるか

「最良の10日」を巡る3研究の対照
研究 標本 報告内容
Estrada(2008) 15カ国・地域の代表株価指数、合計160,278営業日、日本を含む 全期間の15市場平均で、最良10日を逃すと終値が50.8%低下。最悪10日を回避すると150.4%上昇。1990〜2006年ではそれぞれマイナス43.3%、プラス87.9%
Faber(2011) 世界の複数株式市場指数。具体的市場・期間は確認できず 最良日・最悪日のような外れ値は時間的に近接し、多くが市場下落開始後の局面で発生する傾向。効果量は確認されていない
Welch・Goyal(2008) 米国、1872〜2005年。月次は1927年〜 株式プレミアムの既報予測モデルは標本内・標本外で弱く不安定。1975年以降、標本外で歴史平均を上回ったモデルはなかった

三つを並べると、「最良の10日を逃すな」という表現の土台になり得るのは、まずEstradaのような事後的な除外計算だと整理できます。ただし、その数字だけでは最良日と最悪日の発生時期の関係は分かりません。Faberはそこに外れ値の集中という別の観点を加えています。

さらに、事後的に重要だった日を確認する作業と、その発生を事前に予測する作業も別です。WelchとGoyalは米国の株式プレミアム予測について、その難しさを報告しています。

このため、三研究を「市場に居続けることの証明」とまとめることも、「タイミング売買が可能であることの証明」とまとめることも、確認された範囲を超えます。確認できるのは、少数の極端な日が長期結果に大きく関係していたこと、その極端な上昇日と下落日が近い時期に現れる傾向が報告されていること、そして予測可能性は別問題だというところまでです。

日本市場への距離

Estradaの研究については、日本市場への適用可能性を考えるうえで重要な点があります。日本は15市場の一つとして実際に分析対象に含まれています。また、1990〜2006年の分析では、パッシブ投資の終値が投資元本を下回った 3市場の一つが日本でした。

ただし、当サイトの研究台帳に収録された結果には、日本固有の最良10日・最悪10日の効果量や、日本で使用された指数名は含まれていません。したがって、 15市場平均のマイナス50.8%やプラス150.4%を、そのまま日本市場の数値として扱うことはできません。

Faberについては、著者紹介記事から日本市場が標本に含まれていたか確認できず、日本への適用可能性は未評価です。加えて非査読のワーキングペーパーであり、外れ値の集中について具体的な効果量も確認されていません。

WelchとGoyalの標本は米国のみです。日本市場で同じ予測性能が得られるかは確認されていません。

「最良の10日を逃すと長期結果が大きく変わる」という現象については、日本を含む国際標本で報告があります。一方、その最良日と最悪日が日本でも同じように集中するのか、それらを日本市場で事前に予測できるのかまでは、ここで扱った根拠からは確認できません。

本記事は査読誌等に掲載された研究および公開ワーキングペーパーの一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧