問いの分解

出口ルールの効果を論じるとき、「効いたか」という一つの問いに見えるものが、 実際には別々の問いに分かれます。研究群を読むと、次の三つが区別されずに 議論されてきたことが分かります。

  • 期待リターンを高めたか(収益の問い)
  • 損失の幅や変動を抑えたか(リスクの問い)
  • 取引費用を差し引いた後も残るか(費用の問い)

以下で見るとおり、収益の問いへの答えは研究間で一致していません。 リスクの問いへの答えはおおむね揃います。費用の問いを扱った研究は そもそも少なく、扱った研究では条件つきの答えが報告されています。

条件つきの符号

出発点になるのは、損切りが価値を加える条件と減らす条件を数式で導いた研究です。 ここで示されたのは「損切りは効く/効かない」という単純な答えではなく、 効果の符号が対象の価格の性質によって反転する、という条件つきの結果でした。

価格の性質と損切りの効果の向き
対象の価格の性質 報告された効果の向き
ランダムウォークに近い 単純な0/1型の損切りは期待リターンを常に低下させる
正の系列相関(モメンタム)がある 損切りが価値を加えうる

Kaminski & Lo (2014) の理論部分。0/1型とは、保有か退避かの二択で 持ち高を切り替える単純な損切り規則を指す。

同じ研究の実証部分では、米国株のバイ・アンド・ホールドへ損切りを適用し、 退避先を米国長期国債とする検証が行われました。標本は1950年1月から 2004年12月までの月次リターンです。ここでは、損切りが発動していた期間について、 バイ・アンド・ホールドに月あたり50から100ベーシスポイントを上乗せする ルールが存在したと報告されています。

この数値は損切りが発動していた期間に限った比較であり、通年の運用成績を 表すものではありません。原典の報告する幅をそのまま引用しています。

台帳で見る — 損切りルールが損失を止める条件と、止めない条件(Kaminski & Lo, 2014)

収益とリスクの分離

より新しい実証は、この問いを収益とリスクに分けて答えています。 高値の上昇に合わせて売却の発動価格を引き上げていくトレーリングストップを、 米国普通株の長期データで検証した研究では、二つの指標で逆向きの結果が出ました。

トレーリングストップの評価軸別の結果
評価軸 平均分散最適ベンチマークとの比較
平均リターン 劣後する
総リスク 低下する
下方リスク 低下する。下落局面で特に大きい

Dai, Marshall, Nguyen & Visaltanachoti (2021)。標本はCRSPの米国普通株 (share code 10・11・12)、1926年7月から2016年12月までの日次データ。 相場局面はCRSP時価総額加重指数の月次リターンの符号で判定。

つまり、この研究の枠組みでは、トレーリングストップはリターンを高める手段としては ベンチマークに届かず、リスクを下げる手段としては働いた、と報告されたことになります。 前節の研究が条件つきで収益改善を報告したのに対し、こちらは収益面では明確に劣後という 結果であり、収益の問いについて研究間の一致は得られていません。

台帳で見る — トレーリングストップは、平均リターンでは劣り、リスクでは勝つ(Dai et al., 2021)

急落幅の縮小

リスク面で最も具体的な数値を報告しているのが、モメンタム戦略へ損切りを課した研究です。 損切り水準を10パーセントとした場合の、最大月次損失の変化が示されています。

損切り水準10パーセントを課した場合の最大月次損失
対象 損切りなし 損切りあり
等加重モメンタム -49.79% -11.36%
時価総額加重モメンタム -64.97% -23.28%

Han, Zhou & Zhu (2014)。標本は米国株、1926年1月から2013年12月までの月次。 同時にシャープレシオが2倍以上になったと報告されている。 原典抄録に取引費用の控除条件の記載はない。

損切り水準の10パーセントという設定が事後に選ばれた可能性は排除できません。 この点は、後述するデータスヌーピングの留保と同じ問題です。それでも、 損失の裾を切り詰めるという方向については、前節の研究と符号が一致しています。

台帳で見る — モメンタム戦略の急落を、10パーセントの損切りで抑える(Han, Zhou & Zhu, 2014)

費用と窓開け

実務で出口ルールを考えるとき、検証と現実を分ける要素が二つあります。 取引費用と、取引時間外の値飛びです。どちらも研究として扱われています。

費用については、前掲のトレーリングストップ研究が明示的に扱っています。 取引費用を織り込むと幅の狭いルールの利点は減るものの、幅の大きい損切りルールは 費用を考慮した後も有用性が残った、と報告されました。費用を差し引いた後まで 追った検証は研究群のなかでは少数で、しかもその答えは「一部のルールに限られる」 という条件つきです。

値飛びについては、オーバーナイトギャップとフラッシュクラッシュを価格モデルへ 組み込んだうえで、四種類の損切り実装を評価した研究があります。ランダムウォーク、 自己回帰、レジームスイッチングという複数のモデルに対し、パラメトリックな手法と ノンパラメトリックな定常ブートストラップの二経路で結果を突き合わせています。

窓開けを織り込んだ場合の局面別の報告
局面 報告された改善
上昇局面 多くの指標で期待リスク調整後リターンが改善
下落局面 期待リターンの絶対値が改善

Arratia & Dorador (2019)。実市場の売買記録ではなく価格モデル上での評価。 局面によって改善する指標が異なる点に注意。

台帳で見る — 夜間の窓開けを織り込んでも、損切りは効くのか(Arratia & Dorador, 2019)

注文の置き方

ここまでは「損切りを置くか置かないか」の比較でした。これとは別に、 置くと決めた場合の最適な形を数理的に解いた理論研究があります。

高値から一定の下落率で自動的に売るトレーリングストップを課した状態で、 いつ買い、いつ売るかを最適停止問題として定式化した研究では、 トレーリングストップだけに任せるのではなく、指値売り注文を併用することが 最適になると証明されました。仮定した価格モデルの下での結論であり、 特定の市場データで成績を検証したものではありません。

台帳で見る — トレーリングストップを置いたとき、最適な売り方はどうなるか(Leung & Zhang, 2019)

5本の対照表

収録した5本を、収益・リスク・費用の三つの問いで並べると次のようになります。

出口ルール研究5本の報告内容
研究 収益への影響 リスクへの影響 費用考慮
Kaminski & Lo (2014) 条件つきで加算(モメンタム下)/減算(ランダムウォーク下) 枠組みでは変動も対象 抄録に記載なし
Dai et al. (2021) ベンチマークに劣後 総リスク・下方リスクとも低下 幅の大きいルールは費用後も有用
Han, Zhou & Zhu (2014) シャープレシオは2倍以上 最大月次損失が大幅に縮小 抄録に記載なし
Arratia & Dorador (2019) 下落局面で期待リターン改善 上昇局面でリスク調整後改善 抄録に記載なし
Leung & Zhang (2019) 数理的な最適性の導出 同左 抄録に記載なし

収益の列は研究ごとに向きが揃っていません。リスクの列は、扱った研究のあいだで おおむね同じ方向を指しています。費用の列は、そもそも空欄が多いという事実自体が この分野の現状です。出口ルールについて確認できているのは、 リスク側の効果の方が収益側の効果より一貫して観測されている、という点までです。

日本市場への距離

ここで扱った実証は、いずれも米国株を標本とするか、価格モデル上の評価です。 日本市場を直接の標本とした出口ルールの検証は、本記事の5本には含まれていません。 信用取引の金利・貸株料・管理費といった日本固有の費用条件も、 これらの検証には入っていません。

日本市場を直接の標本とするテクニカル指標の検証については、別記事で扱います。

関連記事 — 日本市場でテクニカル指標は検証されているか

本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧