「高レバレッジほど負ける」は一つの問いではない

個人投資家のレバレッジと損益を考えるとき、少なくとも三つの問いを分ける必要があります。

一つ目は、レバレッジの上限を下げると、実際に投資家の損失が変わるのかという問いです。単に高レバレッジ利用者と低レバレッジ利用者を比較するだけでは、もともとの投資行動や経験の違いが結果に混ざります。規制変更を利用した研究は、この問題を別の角度から観測できます。

二つ目は、信用取引を利用する投資家の口座で、どのような損益が実現しているのかです。ここではレバレッジそのものだけでなく、追証や担保要件を含む信用取引の仕組みが関係します。

三つ目は、投資家の熟練度によってレバレッジの影響が異なるかという問いです。同じレバレッジでも、取引費用、追証による強制決済、投資行動などを通じて結果が変わる可能性があります。

当サイトの研究台帳では、この三つに対応する研究として、米国の店頭 FX規制、中国の信用取引口座、先物ブローカーの日中約定データを使った研究を確認しています。ただし、市場も制度も異なるため、三つを同じ現象として扱うことはできません。

FXの上限規制後、高レバレッジ利用者の損失は緩和された

HeimerとSimsekが2019年にJournal of Financial Economicsで報告した研究は、米国の店頭FXに導入されたレバレッジ上限規制を利用しています。

標本は、2010年5月から2011年4月までの社会的トレード共有サービス経由のリテールFXトレーダー2,672人です。内訳は米国1,193人、欧州 1,479人で、米国のトレーダーを規制対象群、欧州を比較群とするDID分析が行われています。

研究で報告された結果の一つは、規制対象トレーダーの取引量が23%減少したことです。そして高レバレッジ利用者については、損失が40%緩和されたと報告されています。

この研究の重要な点は、「高レバレッジ利用者はもともと損をしやすかった」という単純な口座比較ではなく、レバレッジ規制という制度変更の前後を比較していることです。少なくともこの標本では、利用できるレバレッジに上限を設けた後、高レバレッジ利用者の損失が緩和されたことが観測されています。

投資家以外への影響も報告されています。ブローカーの運営資本は25% 減少しました。一方、買値・売値スプレッドへの影響は確認されていません。

ただし、この研究が検証したのは米国の規制です。日本の店頭FXにおけるレバレッジ上限の効果を検証した研究ではありません。この点は後段で改めて分けて扱います。

研究台帳 — 米国の店頭FXレバレッジ上限規制は、高レバレッジ利用者の損失をどう変えたか

中国の信用取引口座では、大きな実現損失が観測された

Ladley、Liu、Rockeyが2020年にJournal of Economic Behavior & Organizationで発表した研究は、中国の個人向け証券会社の口座データを扱っています。

この研究では、追証に伴う担保要件を組み込むと、信用取引の期待リターンが理論的に負となり、リターン分布には正の歪度が生じるとされています。つまり、信用取引の損益分布に宝くじ株的な性質が生まれるという整理です。

さらに、中国の口座データを用いた実証でも、信用取引を行う投資家の実現損失はしばしば大きいと報告されています。

ここでは注意が必要です。当サイトの研究台帳で確認している範囲には、この実現損失について比較可能な効果量の数値はありません。「どの程度損失が増えたのか」を数値で示すことはできず、確認できるのは方向と性質までです。

また、この研究は中国という単一市場の口座データです。日本の信用取引で同じ損益分布が生じることを直接検証した研究として扱うことはできません。

研究台帳 — 追証の担保要件は、信用取引の期待リターンを負にする

レバレッジと成績は負の関係だが、熟練投資家では違う結果も出た

Subrahmanyam、Tang、Wang、Yangが2024年にThe Journal of Financeで報告した研究は、先物ブローカーの日中約定データを使っています。当サイトの台帳では、対象国・地域は明記されていません。

研究では、implied leverageと投資成績の間に、全投資家を通じて負の関係が報告されています。その背景として、取引費用の増加や追証による強制決済が一因とされています。

ただし、投資家を一様に扱うと重要な違いが隠れます。

未熟な投資家では、レバレッジによって宝くじ選好や処分効果に由来する損失が増幅されたと報告されています。一方、熟練投資家では、レバレッジが流動性供給を刺激し、リターンを向上させる関係が報告されています。

証拠金を引き上げる規制についても結果は一方向ではありません。熟練投資家の成績は低下する一方、投資家全体ではリターンが向上し、ボラティリティが抑制されたとされています。

したがって、この研究から読み取れるのは「レバレッジは誰にとっても同じように悪影響を与える」という結果ではありません。全体では成績との負の関係がある一方、投資家の熟練度によって観測される関係が異なっています。

この研究についても、当サイトの台帳で確認できる範囲には効果量の数値がありません。どの程度成績が変化したかを数値で比較することはできません。

研究台帳 — レバレッジは諸刃の剣。未熟な投資家の損失を広げ、熟練投資家の成績を高める

3本の研究で確認できること、できないこと

3本の研究の対照表
研究 標本 レバレッジと損益について報告されたこと 効果量
Heimer・Simsek(2019) 米欧リテールFXトレーダー 米国の上限規制後、取引量が減少し、高レバレッジ利用者の損失が緩和 取引量23%減少、高レバレッジ利用者の損失40%緩和
Ladley・Liu・Rockey(2020) 中国の個人向け証券会社口座 信用取引の期待リターンは理論的に負。口座データでも実現損失がしばしば大きい 数値なし、方向のみ
Subrahmanyamほか(2024) 先物ブローカーの日中約定データ implied leverageは全体で成績と負の関係。ただし未熟投資家と熟練投資家で異なる結果 数値なし、方向のみ

三つを並べると、高いレバレッジと損失の関係を示す証拠は複数の形で確認できます。FXでは上限規制後に高レバレッジ利用者の損失緩和が観測され、中国の信用取引口座では大きな実現損失が報告され、先物データでもレバレッジと成績の負の関係が報告されています。

一方で、「レバレッジを下げれば誰の成績も同じように改善する」という結果にはなっていません。2024年の研究では熟練投資家について異なる関係が確認されており、証拠金規制の影響も投資家層によって異なります。

レバレッジの影響を考える際には、倍率だけでなく、追証や強制決済、取引費用、投資家の行動や熟練度まで含めて観測する必要があることが、これらの研究から読み取れます。

日本市場への距離

日本の店頭FXには、金融商品取引業等に関する内閣府令によるレバレッジ上限25倍が2011年からあります。しかし、今回確認した研究の中に、この日本の25倍規制が個人投資家の損益をどう変えたかを検証したものはありません。

特にHeimerとSimsekの研究は、米国の50倍上限を利用した自然実験です。そこで高レバレッジ利用者の損失が40%緩和されたからといって、日本の 25倍上限について同じ効果があったと読み替えることはできません。

中国の信用取引口座を使った研究も、日本の信用取引を直接観測したものではありません。先物の日中約定データを使った2024年の研究についても、当サイトの台帳では対象国・地域が明記されておらず、日本市場への適用可能性は評価されていません。

今回の3本から確認できるのは、海外のFX、信用取引、先物取引において、レバレッジと損失・成績の関係が実際のデータで観測されていることです。その中には、高レバレッジ利用者の損失緩和を示した規制の自然実験もあれば、投資家の熟練度によって結果が異なる研究もあります。

日本のFX25倍規制や日本の信用取引について同じ結果が成立するかは、今回の研究群からは確認されていません。海外研究で観測された事実と、日本の制度について未検証の部分は分けて読む必要があります。

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本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧