二つの実データ

レバレッジと成績の関係は、集計された市場データからは測りにくい対象です。 誰がどれだけのレバレッジをかけ、その結果どうなったかは、口座単位の記録が なければ分かりません。ここで扱う2本は、いずれもブローカーの内部データを 用いた研究です。

収録した2本の標本
研究 データ 掲載誌
Subrahmanyam, Tang, Wang & Yang (2024) 先物ブローカーの日中約定データ The Journal of Finance
Ladley, Liu & Rockey (2020) 中国の個人向け証券会社の口座データベース Journal of Economic Behavior & Organization

いずれも一般に公開されていない独自データを用いた研究。 原典抄録に標本期間の明示はない。

どちらも日本の制度を対象としたものではありません。この点は最後にあらためて 扱いますが、追証という仕組みが成績分布へ及ぼす作用そのものは、 制度の細部を越えて共通する構造として論じられています。

追証という装置

レバレッジ取引には、担保の差し入れと追証という仕組みが付随します。 規制当局がこれを課す目的は、投資家の潜在的な損失の規模を抑えることにあります。

ところが、この担保要件それ自体が、取引の期待リターンを負にすると論じた研究が あります。理論的にそれを示したうえで、中国の個人向け証券会社の口座データを 用いた実証で、信用取引を行う投資家の実現損失がしばしば相当な規模に達することを 示しています。著者らはこの結果から、現行の規制が適切かどうかを問い直しています。

台帳で見る — 信用取引で資金を失う(Ladley, Liu & Rockey, 2020)

分布の歪み

同じ研究が指摘するもう一つの点は、追証が期待リターンを下げるだけでなく、 リターン分布の形を変えるということです。担保要件は、リターン分布に 正の歪度をもたらすと報告されています。

追証がリターン分布へ与えるとされた作用
観点 報告内容
期待リターン 負になる
分布の歪度 正の歪みが生じる
結果としての性質 損失は限定され、大きな利益の確率が小さくある形になる

Ladley, Liu & Rockey (2020)。著者らはこの形を、宝くじ的な銘柄や その他の賭けと同様のものとして記述している。

この指摘が示すのは、期待値の上では不利であっても、 「たまに大きく当たる」形の分布が選好される限り、 信用取引が個人投資家に広く使われ続ける理由は説明がつく、という構図です。 損失が限定されるように見えることと、期待値が有利であることは別だという 整理になります。

成績との関係

もう一本は、先物ブローカーの日中約定データを用いて、 含意されるレバレッジが売買成績とどう関係するかを分析しています。

全投資家を通してみると、レバレッジは成績と負の関係にありました。 その原因として、研究は二つを挙げています。取引費用の増加と、 追証に起因する強制決済です。前節の研究が理論と口座データで示した構図と、 原因の指摘が重なります。

レバレッジが成績を下げるとされた経路
経路 内容
取引費用 レバレッジの上昇にともなう費用の増加
強制決済 追証によって発生する意図しない決済

Subrahmanyam, Tang, Wang & Yang (2024), The Journal of Finance 79(2)。

台帳で見る — レバレッジは両刃の剣(Subrahmanyam, Tang, Wang & Yang, 2024)

処分効果の増幅

この研究の指摘のうち、利確や損切りの話に最も直接つながるのが次の点です。 未熟な投資家の場合、レバレッジは宝くじ選好と処分効果による損失を増幅する、 と報告されています。

処分効果とは、利益の出ている持ち高を早く手放し、損失の出ている持ち高を 抱え続けやすいという傾向のことです。当サイトの研究検証台帳には、 この傾向を扱った研究を複数収録しています。

台帳で見る — なぜ投資家は利益を早く確定し、損失を抱え続けるのか(Barberis & Xiong, 2009)

台帳で見る — 利益確定を急ぎ損失を抱える傾向は誰に強いか(Brown et al., 2006)

この二つを並べると、レバレッジをかけた持ち高における出口の判断は、 二重の意味で難しい対象だということになります。判断そのものに偏りが 生じやすいことが処分効果の研究群から報告されており、 その偏りによる損失がレバレッジで拡大すると先の研究が報告しているためです。 さらに、追証による強制決済は、投資家が出口を選ぶ前に決済が起きる経路です。

熟練による分岐

もっとも、この研究の結論はレバレッジ一般への否定ではありません。 標本外で熟練を定義したうえで、未熟な投資家と熟練した投資家のあいだの 相対的な成績差が持続することを示し、そのうえで熟練した投資家については 異なる報告をしています。

投資家の区分による報告の違い
区分 報告内容
全投資家 レバレッジは成績と負の関係
未熟な投資家 宝くじ選好と処分効果による損失をレバレッジが増幅
熟練した投資家 レバレッジが流動性供給を促し、リターンを高める

「両刃の剣」という題名は、この分岐を指しています。台帳のレコードでも、 全体の平均だけを取り出して一般化しないよう、区分ごとの報告を分けて 記載しています。

規制の効果

最後に、証拠金規制そのものの効果についての報告があります。 必要証拠金を規制によって引き上げると、熟練した投資家のリターンは低下する一方、 全体のリターンは向上し、リターンの変動は抑制されると報告されました。

個々の投資家にとって最適な水準と、市場全体にとって望ましい水準が 一致しない場合がある、という整理になります。

日本の制度との距離

ここまでの2本は、いずれも日本の信用取引制度を標本としたものではありません。 一方は先物ブローカーの約定データ、もう一方は中国の個人向け証券会社の 口座データです。日本の制度に固有の要素、たとえば制度信用の6か月という 返済期限、買方金利、管理費、委託保証金維持率の水準といった条件は、 これらの研究には含まれていません。

したがって、これらの研究から日本の信用取引について直接の数値を読み取ることは できません。読み取れるのは、追証による強制決済という仕組みが期待リターンと 分布の形へ作用するという構造と、その作用が投資家の熟練度によって異なる、 という点までです。

出口ルールそのものの実証と、レバレッジ型商品の保有期間の議論については、 それぞれ別記事で扱っています。

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本記事は査読誌に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。信用取引の利用可否や水準について助言するものでもありません。 各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧