株式の長期リターンは将来も続くのか — 実現プレミアムと期待プレミアムの乖離
長期積立やFIREの試算では、株式が将来どの程度のリターンを生むかという前提が結果を大きく左右します。では、過去に観測された株式の超過リターンは、将来も同じ水準で続くと考えてよいのでしょうか。結論を先に書くと、米国では高い実現株式プレミアムが観測された一方、その実現値をそのまま将来の期待値とみなせるとは報告されていません。期待プレミアムの推計は実現値より低く、将来のプレミアムを事前に予測する試みも安定した結果を示していません。
「過去に得られたリターン」と「将来期待できるリターン」は別の問い
株式の長期リターンを考えるとき、少なくとも三つの問いを分ける必要があります。
一つ目は、過去の標本で株式が安全資産をどの程度上回ったかです。これは実際に起きた結果を集計する「実現株式プレミアム」の問いです。
二つ目は、その期間中に投資家が事前に要求していた、あるいは期待していた株式プレミアムがどの程度だったかです。実現したリターンには、投資開始時には予想されていなかった価格変化も含まれるため、過去の実現値と期待値は一致するとは限りません。
三つ目は、その期待プレミアムを将来について予測できるかです。過去の平均値や配当価格比などの変数から将来の超過リターンを推定できるのであれば、長期の期待リターンを置く際の根拠になります。しかし、過去の標本で説明できることと、未知の期間を予測できることも同じではありません。
今回確認する研究は、この三つの問いにそれぞれ異なる角度から答えています。重要なのは、「過去に株式プレミアムが存在した」という報告と、「将来も同じプレミアムが得られる」という主張を分けて読むことです。
米国の長期データが生んだ「エクイティ・プレミアム・パズル」
MehraとPrescottは1985年、1889〜1978年の米国を対象に、米国株式と財務省短期証券の平均収益率を扱いました。
この研究で確認されているのは、一般均衡モデルが株式と財務省短期証券の平均収益率に課す制約が、実際の米国データと大きく食い違ったという結果です。当サイトの研究台帳で確認できている抄録レベルの記録には、ここで使える株式プレミアムの具体的な数値はありません。したがって、本記事でも効果量を補完しません。
この研究が示しているのは、米国の過去データで観測された株式と短期証券の収益率の関係を、モデルが容易には説明できなかったという点です。
一方、この結果から将来の株式プレミアムが何%になるかは示されていません。標本は米国単一市場であり、日本市場への適用も当サイトの台帳では評価されていません。また、取引コストを織り込んだ検証として収録されているわけでもありません。
つまり、「過去の米国では説明しにくいほどの株式超過リターンが問題になった」という研究と、「今後も同じ水準の超過リターンを期待できる」という判断の間には距離があります。
実現7.43%に対し、期待プレミアムの推計は2.55%と4.32%
過去の実現値と期待値を明確に分けたのが、FamaとFrenchの2002年の研究です。
標本は1951〜2000年の米国株式市場です。配当・利益成長率と平均株式収益率を使い、期待株式プレミアムを推計しました。
報告された年率の期待株式プレミアムは、配当成長モデルで2.55%、利益成長モデルで4.32%でした。これに対し、同じ期間に実現した平均株式収益率としての実現株式プレミアムは7.43%でした。
ここで重要なのは、7.43%という実現値をそのまま「当時の期待プレミアム」として扱っていないことです。FamaとFrenchは、期待値の推計と実現値の差を、要求収益率、すなわち割引率が低下したことで生じた予期しない資本利得に帰しています。
ただし、当サイトの台帳で確認できているのはその方向です。割引率低下が乖離のうち何%を説明したかという効果量の分解は確認されていません。
この研究から読めるのは、過去50年間に実現した高い株式プレミアムと、その期間について基礎的な成長率から推計した期待プレミアムには大きな差があったということです。
したがって、過去の実現リターンを将来の期待リターンとしてそのまま置くことには、少なくともこの研究との間に緊張関係があります。ただし、この研究自身が将来の株式プレミアムを特定の水準で提示しているわけではありません。
過去の長期リターンをそのまま外挿すると楽観的になりうる
Dimson、Marsh、Stauntonの2004年の研究は、国際的な長期株式・債券リターンを比較し、過去の実績を将来へ外挿する問題を扱っています。
当サイトが到達した一次資料の抄録には、対象国数や期間の具体的な記載がありません。このため、本記事では「何カ国」「何年以降」といった数字や、日本が標本に含まれるかどうかを補完しません。
確認できている報告は方向性です。過去の実質リターンと標準偏差をそのまま将来へ外挿すると、株式投資の損失確率を過小評価し、将来リターンを過大評価しがちだと論じています。具体的に何ポイント過大評価するかという効果量は、今回確認した台帳レコードにはありません。
この指摘は、「長期間平均すれば過去の平均値へ近づく」という話とは別です。論点は、そもそも将来の平均値を過去の平均値と同じに置いてよいのかという部分にあります。
過去の長期データが存在すること自体は、将来の期待値が同じであることの証明にはなりません。FamaとFrenchが実現プレミアムと期待プレミアムの差を示したのに対し、この研究は過去の実績を将来へ機械的に延長することへの注意を置いています。
株式プレミアムを事前に予測するモデルも安定しなかった
では、過去の平均をそのまま使わず、何らかの指標から将来の株式プレミアムを予測すればよいのでしょうか。
WelchとGoyalの2008年の研究は、1872〜2005年の米国を対象に、S&P500の配当込み収益から短期金利を引いた株式プレミアムについて予測モデルを検証しています。月次データについては1927年からです。
報告では、既報の予測モデルの標本内・標本外の予測性能は弱く、不安定でした。見かけ上の有意性が1973〜75年の石油ショックに依存することも多く、1975年以降の標本外では、歴史平均を上回ったモデルはなかったとされています。
配当価格比については、1976〜2005年の標本外R2が-15.14%、同期間の標本内R2が-4.80%、全期間の標本外R2が-2.06%と報告されています。
この研究が否定しているのは株式プレミアムそのものではありません。検証された予測変数から、未知の期間の株式プレミアムを安定して予測できたという結果が得られなかった、という話です。
したがって、「過去平均を将来の前提にするのは難しいので、現在の指標から精密に将来リターンを予測すればよい」という方向にも、この研究からは強い根拠を置けません。
4研究が報告したこと、報告していないこと
| 研究 | 標本 | 報告内容 | 将来の水準 |
|---|---|---|---|
| Mehra & Prescott (1985) | 米国、1889〜1978年 | 株式と財務省短期証券の平均収益率が一般均衡モデルの制約と大きく食い違った。効果量は今回の台帳では確認されていない | 特定していない |
| Fama & French (2002) | 米国、1951〜2000年 | 期待株式プレミアムは年率2.55%、4.32%。実現株式プレミアムは7.43%。乖離を割引率低下による予期しない資本利得に帰した | 将来値を提示していない |
| Dimson, Marsh & Staunton (2004) | 国際的な長期データ | 過去の実質リターン等の外挿は、損失確率の過小評価と将来リターンの過大評価につながりがちと指摘。効果量は確認されていない | 特定していない |
| Welch & Goyal (2008) | 米国、1872〜2005年 | 株式プレミアム予測モデルの標本内・標本外性能は弱く不安定。1975年以降、標本外で歴史平均を上回ったモデルはなかった | 安定した予測値を示していない |
並べて見ると、研究が示している範囲はかなり限定的です。米国では長期にわたり株式の超過リターンが重要な研究対象となり、1951〜2000年には 7.43%という実現株式プレミアムも報告されています。しかし、同じFama とFrenchの推計では期待プレミアムは2.55%または4.32%でした。
さらに、国際的な長期データを扱った研究は過去実績の単純な外挿に警告し、 WelchとGoyalは将来のプレミアムを予測するモデルの標本外性能が安定しなかったと報告しています。
この4研究から、「株式の長期超過リターンは将来も過去と同じ水準で続く」とする数値は確認できません。反対に、「将来の株式プレミアムはゼロになる」とする数値も、この研究群からは示されていません。
確認できるのは、過去の実現値、期待値の推計、そして予測の難しさです。将来の一つの確定した水準ではありません。
日本市場への距離
今回扱った研究のうち、MehraとPrescott、FamaとFrench、WelchとGoyalの標本は米国です。日本市場への適用可能性については、当サイトの研究台帳では評価されていません。
Dimson、Marsh、Stauntonは国際的な長期データを扱っていますが、今回確認した一次資料の抄録には対象国の列挙がありません。そのため、日本が標本に含まれるとは本記事では断定しません。
また、今回の研究群から、日本株の将来の株式プレミアムが何%になるか、日本の個人投資家が長期積立の期待リターンを何%に設定すればよいか、といった水準は確認されていません。
したがって、研究から直接読める結論は限定されます。過去の米国では株式の大きな超過リターンが実現した期間があり、その実現値は期待プレミアムの推計より高かった。国際的な長期データからは過去実績の単純な外挿への注意が示され、米国の予測研究では将来のプレミアムを安定して予測するモデルも確認されなかった、というところまでです。
「株式は長期で何%増えるのか」という一つの数字を、この研究群だけから将来の前提として確定することはできません。
本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言ではありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。
出典一覧
- Mehra & Prescott, The Equity Premium: A Puzzle (Journal of Monetary Economics, 1985) — 米国の株式と財務省短期証券の平均収益率、1889年〜1978年、年次データ。
- Fama & French, The Equity Premium (The Journal of Finance, 2002) — 米国株式市場、1951年〜2000年、年次データ。配当・利益成長率による期待株式プレミアム推計と実現値を比較。
- Dimson, Marsh & Staunton, Irrational Optimism (Financial Analysts Journal, 2004) — 国際的な長期データを対象。到達した抄録に対象国数・標本期間の具体的な記載はない。
- Welch & Goyal, A Comprehensive Look at The Empirical Performance of Equity Premium Prediction (Review of Financial Studies, 2008) — 米国、S&P500配当込み収益から短期金利を引いた株式プレミアム。全標本1872年〜2005年、月次は1927年〜。