問いの分解

「PERで先が読めるか」という一つの問いに見えるものは、次のように分かれます。

  • 長期の平滑化利益は、その後のリターンや配当価値とどう関係するか
  • その関係は、標本の外でも歴史平均を上回るか
  • 実績、予想、数年平均、会計上の利益定義で、判定は変わるか
  • 日次の先物やレバレッジ型商品へ持ち込めているか

最初の二つは、同じ米国集計でも結果が割れます。あとの二つは、 定義で強度が変わり、日本の商品へは届いていません。

長期では予測を含意する

Campbell & Shiller (1988) は、株価の超過ボラティリティが長期リターンの 予測可能性を直接含意すると論じています。価格が将来配当の現在価値より 大きく振れるなら、高い価格のあとに低いリターンが続きやすい、という 現在価値の算術です。標本は1871年から1986年の米国集計、年次です。

Campbell & Yogo (2006) は、持続性の高い予測変数で通常のt検定が 過大棄却になることを示し、頑健な検定を提案しています。到達全文の モンテカルロでは、名目5パーセントの片側t検定が実際に棄却する割合は 27.2パーセント(観測数250、ρ=0.992、δ=-0.95)です。 提案した検定では、平滑化した利益株価比は年次・四半期・月次で予測を 支持し、配当株価比は年次では支持、四半期と月次では帰無を棄却できませんでした。

評価倍率の予測力(Campbell & Yogo, 1926〜2002年)
予測変数 年次 四半期・月次
平滑化利益株価比(過去10年) 予測を支持 予測を支持
配当株価比 予測を支持 帰無を棄却できない

Campbell & Yogo (2006), Journal of Financial Economics 81(1) 27-60。 対象は米国指数。指数PERの同時点相関ではなく、時系列の予測検定である。

台帳で見る — 超過ボラティリティと長期リターン(Campbell & Shiller, 1988)

台帳で見る — 持続性に頑健な予測検定(Campbell & Yogo, 2006)

標本外では歴史平均を上回らない

Goyal & Welch (2008) は、配当比率、金利、発行、消費・資産・所得比率など 既報の予測変数を、同じ推定と期間で再検討しています。被説明変数は S&P500の配当込み収益から短期金利を引いたプレミアムで、全標本は 1872年から2005年です。

株式プレミアム予測の標本外性能(Goyal & Welch, 2008)
切り口 報告された内容
この30年の標本内・標本外 予測は弱く不安定
見かけの有意性 1973〜1975年の石油ショックに依存することが多かった
1975年以降の標本外 歴史平均を上回ったモデルはなかった
配当価格比の標本外R2(1976〜2005年) マイナス15.14パーセント

Goyal & Welch (2008), Review of Financial Studies 21(4) 1455-1508。 マイナス15.14パーセントは本文が示す一例であり、全体結論そのものではない。 同じ期間の標本内R2はマイナス4.80パーセント、全期間の標本外R2はマイナス2.06パーセント。

標本内で予測の証拠があることと、標本外で歴史平均を上回ることは、 別の判定です。2008年の再検討は、後者では残らなかった、と報告しています。

台帳で見る — 標本外では歴史平均を上回らない(Goyal & Welch, 2008)

延長しても多くは弱まる

Goyal, Welch & Zafirov (2024) は、2008年論文の原17変数に加え、 その後26本の29変数を2021年末まで延長しています。同一著者グループによる 再検討であり、独立した追試ではありません。

2021年末までの延長再検討(Goyal, Welch & Zafirov, 2024)
切り口 報告された数
延長後に標本内予測力を失った変数 13変数
29の新変数のうち、延長でt統計量が改善した数 9変数(31パーセント)
揃えた仕様で標本内と標本外が残った新変数 4変数
単純タイミングが常時株式保有を上回った変数 3変数

Goyal, Welch & Zafirov (2024), The Review of Financial Studies 37(11) 3490-3557。 共通窓は本文Table 1に繰り返し現れる1926年1月〜2021年12月を代用。 3変数のt統計量は1.31、1.54、1.35。費用控除後ではない。

残る変数と残らない変数が混在しています。抄録は、新変数の3分の1超が 標本内でも有意でなくなり、残ったものの半分は標本外が弱い、と述べます。 少数は標本内と標本外の両方で残る、という整理です。

台帳で見る — 延長標本でも多くは弱まる(Goyal, Welch & Zafirov, 2024)

測り方で判定が変わる

同じ「PER」でも、単年の実績、数年の平均、会計上の利益定義で、 予測回帰の判定は変わります。

評価倍率の定義と、報告された予測の判定
定義 研究 報告された判定
長期の実質利益平均 Campbell & Shiller (1988) 将来配当の現在価値の良い予測。利益側の重みは2/3〜3/4
過去10年の平滑化利益株価比 Campbell & Yogo (2006) 年次・四半期・月次で予測を支持
配当株価比 Campbell & Yogo (2006) / Goyal & Welch (2008) 頻度と標本外で判定が割れる
GAAPのCAPEとNIPA利益のCAPE Siegel (2016) 利益定義を替えると見通しははっきり高まる

予想PER(アナリスト予想)を日経平均PERの定義どおりに検証した研究は、 台帳に収録がない。Siegel (2016) は抄録到達で、期間と効果量は未収録。

台帳で見る — CAPEの利益定義を替える(Siegel, 2016)

短期売買へは届かない

ここまでの研究が測定しているのは、米国集計の年次や月次の予測回帰です。 日経平均PERの水準で日経225先物やレバレッジ型ETFを短期売買した成績は、 台帳にありません。

  • 先物の限月ロールや日次リセットは、いずれの標本にも入っていない
  • 信託報酬、追証、信用取引の金利も、検証の対象外である
  • Goyal & Welch (2008) が棄却に近い形で検討しているのも、市場全体のプレミアムである

示されていないのは、短期売買が成立しないと示されたことではありません。 日経平均PERを合図にした商品の成績は、検証されていない、というのが現在の状態です。

日本市場への距離

予測回帰の標本は米国です。日経平均と日経平均PERの時系列を、 同じ設計で標本外まで測った研究は、台帳に収録がありません。

日本株の個別横断(簿価時価やキャッシュフロー利回り)は別記事で扱います。 そちらは「銘柄同士の比較」であり、指数PERの予測とは接続できません。

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本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・市場・費用条件の範囲でのみ 成立します。

出典一覧