市場PERはその後のリターンを予測するか — 標本内と標本外で割れた記録
市場PERが高いと、その後のリターンは低くなる——この読みは、解説では 一つの法則のように語られることがあります。研究の側では、同じ変数でも 標本内の当てはまりと、標本外で歴史平均を上回るかが分かれます。 本記事は、当サイトの研究検証台帳へ収録したレコードをもとに、 割れたまま対照します。日経平均PERで日経225先物やレバレッジ型ETFを 短期売買した成績は、これらの研究には含まれていません。
問いの分解
「PERで先が読めるか」という一つの問いに見えるものは、次のように分かれます。
- 長期の平滑化利益は、その後のリターンや配当価値とどう関係するか
- その関係は、標本の外でも歴史平均を上回るか
- 実績、予想、数年平均、会計上の利益定義で、判定は変わるか
- 日次の先物やレバレッジ型商品へ持ち込めているか
最初の二つは、同じ米国集計でも結果が割れます。あとの二つは、 定義で強度が変わり、日本の商品へは届いていません。
長期では予測を含意する
Campbell & Shiller (1988) は、株価の超過ボラティリティが長期リターンの 予測可能性を直接含意すると論じています。価格が将来配当の現在価値より 大きく振れるなら、高い価格のあとに低いリターンが続きやすい、という 現在価値の算術です。標本は1871年から1986年の米国集計、年次です。
Campbell & Yogo (2006) は、持続性の高い予測変数で通常のt検定が 過大棄却になることを示し、頑健な検定を提案しています。到達全文の モンテカルロでは、名目5パーセントの片側t検定が実際に棄却する割合は 27.2パーセント(観測数250、ρ=0.992、δ=-0.95)です。 提案した検定では、平滑化した利益株価比は年次・四半期・月次で予測を 支持し、配当株価比は年次では支持、四半期と月次では帰無を棄却できませんでした。
| 予測変数 | 年次 | 四半期・月次 |
|---|---|---|
| 平滑化利益株価比(過去10年) | 予測を支持 | 予測を支持 |
| 配当株価比 | 予測を支持 | 帰無を棄却できない |
Campbell & Yogo (2006), Journal of Financial Economics 81(1) 27-60。 対象は米国指数。指数PERの同時点相関ではなく、時系列の予測検定である。
標本外では歴史平均を上回らない
Goyal & Welch (2008) は、配当比率、金利、発行、消費・資産・所得比率など 既報の予測変数を、同じ推定と期間で再検討しています。被説明変数は S&P500の配当込み収益から短期金利を引いたプレミアムで、全標本は 1872年から2005年です。
| 切り口 | 報告された内容 |
|---|---|
| この30年の標本内・標本外 | 予測は弱く不安定 |
| 見かけの有意性 | 1973〜1975年の石油ショックに依存することが多かった |
| 1975年以降の標本外 | 歴史平均を上回ったモデルはなかった |
| 配当価格比の標本外R2(1976〜2005年) | マイナス15.14パーセント |
Goyal & Welch (2008), Review of Financial Studies 21(4) 1455-1508。 マイナス15.14パーセントは本文が示す一例であり、全体結論そのものではない。 同じ期間の標本内R2はマイナス4.80パーセント、全期間の標本外R2はマイナス2.06パーセント。
標本内で予測の証拠があることと、標本外で歴史平均を上回ることは、 別の判定です。2008年の再検討は、後者では残らなかった、と報告しています。
延長しても多くは弱まる
Goyal, Welch & Zafirov (2024) は、2008年論文の原17変数に加え、 その後26本の29変数を2021年末まで延長しています。同一著者グループによる 再検討であり、独立した追試ではありません。
| 切り口 | 報告された数 |
|---|---|
| 延長後に標本内予測力を失った変数 | 13変数 |
| 29の新変数のうち、延長でt統計量が改善した数 | 9変数(31パーセント) |
| 揃えた仕様で標本内と標本外が残った新変数 | 4変数 |
| 単純タイミングが常時株式保有を上回った変数 | 3変数 |
Goyal, Welch & Zafirov (2024), The Review of Financial Studies 37(11) 3490-3557。 共通窓は本文Table 1に繰り返し現れる1926年1月〜2021年12月を代用。 3変数のt統計量は1.31、1.54、1.35。費用控除後ではない。
残る変数と残らない変数が混在しています。抄録は、新変数の3分の1超が 標本内でも有意でなくなり、残ったものの半分は標本外が弱い、と述べます。 少数は標本内と標本外の両方で残る、という整理です。
測り方で判定が変わる
同じ「PER」でも、単年の実績、数年の平均、会計上の利益定義で、 予測回帰の判定は変わります。
| 定義 | 研究 | 報告された判定 |
|---|---|---|
| 長期の実質利益平均 | Campbell & Shiller (1988) | 将来配当の現在価値の良い予測。利益側の重みは2/3〜3/4 |
| 過去10年の平滑化利益株価比 | Campbell & Yogo (2006) | 年次・四半期・月次で予測を支持 |
| 配当株価比 | Campbell & Yogo (2006) / Goyal & Welch (2008) | 頻度と標本外で判定が割れる |
| GAAPのCAPEとNIPA利益のCAPE | Siegel (2016) | 利益定義を替えると見通しははっきり高まる |
予想PER(アナリスト予想)を日経平均PERの定義どおりに検証した研究は、 台帳に収録がない。Siegel (2016) は抄録到達で、期間と効果量は未収録。
短期売買へは届かない
ここまでの研究が測定しているのは、米国集計の年次や月次の予測回帰です。 日経平均PERの水準で日経225先物やレバレッジ型ETFを短期売買した成績は、 台帳にありません。
- 先物の限月ロールや日次リセットは、いずれの標本にも入っていない
- 信託報酬、追証、信用取引の金利も、検証の対象外である
- Goyal & Welch (2008) が棄却に近い形で検討しているのも、市場全体のプレミアムである
示されていないのは、短期売買が成立しないと示されたことではありません。 日経平均PERを合図にした商品の成績は、検証されていない、というのが現在の状態です。
日本市場への距離
予測回帰の標本は米国です。日経平均と日経平均PERの時系列を、 同じ設計で標本外まで測った研究は、台帳に収録がありません。
日本株の個別横断(簿価時価やキャッシュフロー利回り)は別記事で扱います。 そちらは「銘柄同士の比較」であり、指数PERの予測とは接続できません。
関連する記事と問い
関連FAQ — 日経平均PERで先物やレバ型を短期売買した成績はあるか
本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・市場・費用条件の範囲でのみ 成立します。
出典一覧
- Campbell & Shiller, Stock Prices, Earnings, and Expected Dividends (The Journal of Finance, 1988) — 米国集計、1871〜1986年。超過ボラティリティと長期リターンの含意。
- Campbell & Yogo, Efficient tests of stock return predictability (Journal of Financial Economics, 2006) — 1926〜2002年。平滑化利益株価比と配当株価比の頻度別判定。27.2パーセントは検定のサイズ歪み。
- Goyal & Welch, A Comprehensive Look at The Empirical Performance of Equity Premium Prediction (Review of Financial Studies, 2008) — 1872〜2005年。1976〜2005年の配当価格比の標本外R2はマイナス15.14パーセント。
- Goyal, Welch & Zafirov, A Comprehensive 2022 Look at the Empirical Performance of Equity Premium Prediction (The Review of Financial Studies, 2024) — 2021年末までの延長。同一著者グループ。13変数、9/29、4変数、3変数の出典。
- Siegel, The Shiller CAPE Ratio: A New Look (Financial Analysts Journal, 2016) — GAAPとNIPAの利益定義。抄録到達。