個別株の低PERと指数PERは同じ現象か — 横断比較と時系列を分けて読む
「PERが低いから割安」という言葉は、二つの比較を混ぜることがあります。 同じ時点で他の銘柄より低いか。いまの指数PERが、過去の自分より低いか。 研究は、この二つを別の設計で扱っています。本記事は、当サイトの研究検証台帳へ 収録したレコードをもとに、個別株の横断と指数の時系列を分けて確認します。 日本市場では前者の記録があり、後者——日経平均PERとその後の日経平均——は 台帳では薄いです。
問いの分解
同じ「割安」でも、研究が並べているものは違います。
- 同じ時点の銘柄同士で、低PERや高簿価時価のその後はどう違うか(横断)
- 市場全体のPERが、過去の自分より高いときに、その後の指数はどうなるか(時系列)
- 日本株で、その横断は検証されているか
横断で差が出ることと、指数の時系列で予測できることは、 同じ現象として証明されていません。
米国個別株の横断
Fama & French (1992) は、1963年7月から1990年12月のNYSE・AMEX・NASDAQ 非金融業を対象に、個別株クロスセクションを調べています。
| 切り口 | 報告された内容 |
|---|---|
| 時価総額の最小群と最大群 | 月次平均リターンは1.64パーセントと0.90パーセント |
| 事前ベータの最低群と最高群 | 月次平均は1.20パーセントと1.18パーセントでほぼ同じ |
| ベータだけのFama-MacBeth傾き | 月0.15パーセント(標準誤差の0.46倍) |
| サイズと簿価時価比率 | レバレッジと利益株価比率が担っていた違いも吸収した |
Fama & French (1992), The Journal of Finance 47(2) 427-465。 数値は到達全文の表II・表III。費用控除前。測っているのは銘柄同士の横断であり、 指数全体のPER時系列ではない。
利益株価比率(E/P)も説明変数に入りますが、サイズと簿価時価比率を置くと その役割は吸収されると報告されています。個別株の低PERプレミアムは、 この標本では独立した中心結果ではありません。
東証個別株の横断
日本株を直接の標本にした横断もあります。Chan, Hamao & Lakonishok (1991) は、 1971年から1988年の東証個別株で、益回り・サイズ・簿価時価・キャッシュフロー利回りと 期待リターンの関係を調べ、簿価時価とキャッシュフロー利回りの正の影響が 最も強いと報告しています。効果量は確認した抄録に無く、台帳は方向のみを収録しています。
Daniel, Titman & Wei (2001) は、1975年10月から1997年12月の東証両部普通株 (267か月)で、Daniel and Titman (1997) の検定を日本標本へ移植しています。
| 切り口 | 報告された値 |
|---|---|
| 規模を固定した簿価時価効果(高−低) | 月0.74パーセント(t=4.34) |
| 特性均衡ポートフォリオの等加重平均 | 月0.183パーセント(t=1.23)。特性モデルは棄却されない |
| 極端分位の三因子インターセプト | 月マイナス0.37パーセント(t=-2.19)。三因子は棄却 |
Daniel, Titman & Wei (2001), The Journal of Finance 56(2) 743-766。 数値は著者公開全文。銘柄特性の検定であり、日経平均PERの時系列ではない。
日本個別株のバリューは複数資産でも現れる
Asness, Moskowitz & Pedersen (2013) は、米国・英国・欧州・日本の個別株と、 株価指数先物・債券・通貨・商品で、割安対割高とモメンタムを同時に測っています。 株式のバリューは簿価時価比です。日本個別株は1974年1月から2011年7月、 時価総額上位のおおむね26パーセントに限ります。
| 対象 | バリュー | モメンタム |
|---|---|---|
| 全市場・全資産クラス(1972年1月〜2011年7月) | 年率4.6パーセント(t=4.55) | 年率5.0パーセント(t=4.18) |
| 日本個別株(1974年1月〜2011年7月) | 年率12.0パーセント(t=4.31) | 年率1.7パーセント(t=0.57) |
Asness, Moskowitz & Pedersen (2013), The Journal of Finance 68(3) 929-985。 原典Table I。日本のバリューは横断の簿価時価比であり、日経平均PERではない。 日本のモメンタムは通常の有意水準に届かない。
日本個別株でバリューの横断差が大きいことと、日経平均PERで指数の先行きが 読めることとは、同じ結果ではありません。後者はこれらの表に入っていません。
指数PERの時系列は別物
市場全体を一つの系列にした予測回帰は、Campbell & Shiller (1988) や Goyal & Welch (2008) が担っています。対象は米国集計です。 個別株の低PERプレミアムが観測されても、指数PERの水準から翌月の 日経平均が読めることにはなりません。
Liang (2019) は日本株の配当利回り・キャッシュフロー利回り・鉱工業生産を 系統要因として扱い、鉱工業生産を加えるとバリューとサイズのプレミアムは 非有意になったと抄録が述べます。到達した抄録に標本期間はなく、 日経平均PERの使用も記されていません。
5本の対照表
| 研究 | 設計 | 対象 | 日経平均PER |
|---|---|---|---|
| Fama & French (1992) | 個別株クロスセクション | 米国、1963〜1990年 | 使わない |
| Chan, Hamao & Lakonishok (1991) | 個別株クロスセクション | 東証、1971〜1988年 | 使わない |
| Daniel, Titman & Wei (2001) | 個別株クロスセクション | 東証、1975〜1997年 | 使わない |
| Asness et al. (2013) | 個別株・複数資産の横断 | 日本株は1974〜2011年 | 使わない |
| Liang (2019) | 日本株の系統要因 | 期間は抄録に無く出版年で代用 | 使用は未記載 |
日経平均PERとその後の日経平均リターンを直接測ったレコードは、 当サイトの研究検証台帳にありません。
日本市場への距離
日本の検証は個別株クロスセクションが中心です。Chan et al. は1988年まで、 Daniel et al. は1997年まで、Asness et al. は2011年までです。 その後の会計、金融政策、指数構成の変化は、別評価です。
- Asness et al. の年率12.0パーセントは費用控除前で、時価総額上位層に限る
- 日経平均は値嵩株の影響が大きい株価平均であり、時価加重の横断とは指数の作り方が違う
- 日経平均PERの予想と実績、赤字企業の扱いは、これら5本の検証対象外である
日本で個別株バリューが観測されていることと、日経平均PERで指数の先行きが 読めることとは、同じ結果ではありません。後者は検証されていない、 というのが現在の状態です。
関連する記事と問い
関連FAQ — 日本市場のPERやバリュー指標は検証されているか
本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・市場・費用条件の範囲でのみ 成立します。
出典一覧
- Fama & French, The Cross-Section of Expected Stock Returns (The Journal of Finance, 1992) — 米国個別株、1963年7月〜1990年12月。月1.64/0.90、1.20/1.18、傾き0.15の出典。
- Chan, Hamao & Lakonishok, Fundamentals and Stock Returns in Japan (The Journal of Finance, 1991) — 東証個別株、1971〜1988年。抄録到達。効果量は未収録。
- Daniel, Titman & Wei, Explaining the Cross-Section of Stock Returns in Japan (The Journal of Finance, 2001) — 東証、1975年10月〜1997年12月。月0.74、0.183、マイナス0.37の出典。
- Asness, Moskowitz & Pedersen, Value and Momentum Everywhere (The Journal of Finance, 2013) — 日本個別株は1974年1月〜2011年7月。バリュー年率12.0パーセント、モメンタム1.7パーセント。
- Liang, What drives stock returns in Japan? (Financial Markets and Portfolio Management, 2019) — 日本株の系統要因。日経平均PERの使用は抄録に未記載。期間は出版年で代用。