デイトレードの成績は口座データで何が観測されたか — 台湾・韓国・ブラジル・米国の5本
デイトレードの成績については、口座単位の取引記録をまるごと使った実証研究が 複数の市場で行われています。台湾、韓国、ブラジル、米国。いずれも自己申告や 募集した被験者ではなく、取引所や監督当局が保有する記録を集計したものです。 本記事は、当サイトの研究検証台帳へ収録した5本のレコードをもとに、これらが 実際に何を報告したかを確認します。よく引用される「8割超が損失」「1%未満」 「97%が損失」という数値は、それぞれ別の母集団・別の期間・別の費用条件の値であり、 同じことを言っているわけではありません。
問いの分解
「デイトレードで勝てるのか」という一つの問いに見えるものは、実証研究の側では 別々の問いに分かれています。研究群を読むと、次の四つが区別されずに 引用されてきたことが分かります。
- 母集団のうち、何割が取引費用を差し引いた後に利益を残したか(分布の問い)
- その成績は翌年も続いたか。腕前によるものか、偶然か(持続性の問い)
- 続けるほど上達したか(学習の問い)
- 取引費用を差し引く前と後で、像がどう変わるか(費用の問い)
この四つは別の指標です。たとえば「単年で黒字だった割合」と「翌年も続けて 費用控除後に勝てた割合」は、同じ標本のなかでも桁が変わります。以下では、 研究ごとにどの問いへ答えたのかを分けて確認します。
台湾 1995〜1999年 — 分布の問い
出発点になるのは、台湾証券取引所の全取引記録から個人投資家のデイトレードを 抽出した研究です。同一銘柄を同一日に売買した取引をデイトレードと定義し、 1995年から1999年の期間について、規模と損益を集計しています。
| 集計の切り口 | 報告された内容 |
|---|---|
| 総売買高に占める比率 | 個人投資家によるデイトレードが20%超。デイトレード活動の97%超が個人投資家によるもの |
| 集中度 | 個人投資家の約1%がデイトレードの半分と、個人投資家の総取引の4分の1を占めた |
| 取引費用の控除後 | デイトレードの多い層は粗利益を得たが、その利益は取引費用を賄うのに足りなかった |
| 典型的な半年間の損益分布 | デイトレーダーの10人中8人超が損失を出した |
Barber, Lee, Liu & Odean (2004)。標本は台湾証券取引所の全取引記録、 1995年から1999年。「10人中8人超」は典型的な半年間についての記載であり、 台帳のレコードでは正確な比率も費用控除の前後も特定できないものとして 数値化していない。粗利益は手数料と取引税を差し引く前の段階の損益を指す。
同じ研究は、全体の分布とは別の結果も報告しています。過去の成績が強かった 少数のデイトレーダーは高いリターンを継続し、彼らが買った銘柄は売った銘柄を 1日あたり62ベーシスポイント上回った、という報告です。この62ベーシスポイントは 取引費用を差し引く前の値であり、買い銘柄と売り銘柄のリターン差であって、 個々の投資家の実現損益そのものではありません。
「8割超が損失」と「少数には持続性がある」は、同じ研究が同時に報告した内容です。 どちらか一方だけを引くと、この研究が示した構図とは違うものになります。
台湾 1992〜2006年 — 持続性の問い
同じ台湾証券取引所の記録を1992年から2006年へ延長した後続研究は、問いを 持続性へ絞っています。ある年のデイトレード成績で投資家を順位付けし、 その翌年の成績を集計するという手順です。成績は手数料を差し引く前と後の 両方で測られています。
| 前年の順位 | 手数料控除前 | 手数料控除後 |
|---|---|---|
| 上位500人 | 61.3bp/日 | 37.9bp/日 |
| 下位層 | -11.5bp/日 | -28.9bp/日 |
Barber, Lee, Liu & Odean (2014)。標本は台湾証券取引所の全取引記録、 1992年から2006年。bpはベーシスポイントで、100bpが1%にあたる。 控除後は売買手数料と取引税を差し引いた後の値。上位500人の数値は 前年の成績で選ばれた層の平均であり、任意の個人が同じ成績を得ることを 意味するものではない。
よく引用される「1%未満」という数値は、この研究のものです。ただし、それが 何の割合なのかには注意が要ります。台帳のレコードでは、デイトレーダー全体のうち 手数料控除後の正の超過リターンを予測可能かつ信頼できる形で得られたのが 1%未満、と収録しています。つまり単年の勝ち負けではなく、継続して得られたかどうかの 割合です。
同じ研究の本文序論には、別の切り口の数値も記載されています。平均的な年に 年間60万台湾ドル超のデイトレードを行った約27.7万人のうち、およそ20%が 手数料と取引税の控除後に正の超過リターンを得た、というものです。著者らは このうち一部は偶然によるものと述べています。
| 切り口 | 報告された割合 | 出所 |
|---|---|---|
| 単年で、手数料と取引税の控除後に正の超過リターンを得た割合(年間60万台湾ドル超を取引した約27.7万人が母集団) | およそ20% | 本文序論 |
| 手数料控除後の正の超過リターンを、予測可能かつ信頼できる形で得られた割合(デイトレーダー全体が母集団) | 1%未満 | 抄録 |
いずれも Barber, Lee, Liu & Odean (2014) の台湾標本(1992〜2006年)の値。 母集団の取り方と、単年か継続かという時間の取り方の両方が異なるため、 この二つを同じ意味の数値として並べることはできない。
ブラジル 2013〜2015年開始 — 学習の問い
続けるほど上達するのかを正面から扱ったのが、ブラジル証券取引委員会(CVM)の データを用いた研究です。ミニIbovespa指数先物のデイトレードを新たに始めた個人を 特定し、全員を追跡しています。2012年に取引がない個人を新規参入者とみなし、 2013年から2015年に開始した19,646人が対象です。
| 300日超の継続者に占める割合 | 値 |
|---|---|
| 損失に終わった割合 | 97% |
| ブラジルの最低賃金を上回る収入を得た割合 | 1.1% |
| 銀行窓口係の初任給を上回る収入を得た割合 | 0.5% |
Chague, De-Losso & Giovannetti (2020)。標本はCVM提供のミニIbovespa指数先物の 取引データ、2012年から2017年。母集団は2013〜2015年に開始し、300日を超えて 継続した個人に限られる。損益は取引所手数料と証券会社手数料を控除した後の値で、 所得税や取引ツール・講座の費用は含まれていない。抄録は、最低賃金を上回った 個人についても大きなリスクを伴っていたと付記している。
「97%が損失」という数値が指しているのは、開始した19,646人全員ではなく、 300日を超えて続けた区分の割合です。この研究では、継続日数が長い区分ほど 利益が残った個人の割合が下がると報告されています。あわせて、300日超の継続者の 日次損益が取引の通算日数とともに改善する傾向は見られなかった、とされています。 学習の問いへの答えは、この標本では否定的でした。
韓国 2003年 — 費用の問い
取引費用を差し引く前と後で像がどう変わるかを、日次平均リターンの水準で 示しているのが韓国の研究です。韓国証券取引所で2003年2月3日から5月30日までに 売買した全投資家の日中データを、口座単位の投資家識別情報とともに使い、 同一銘柄を同日中に反復売買して在庫を残さず終えた投資家をデイトレーダーと 定義しています。
| 測り方 | 日次平均 |
|---|---|
| 手数料を含める前 | -0.39% |
| 取引手数料を含めた後 | -0.81% |
| 市場指数リターンと証券会社手数料で調整した平均超過リターン | -0.66% |
Lee, Park & Jang (2007)。標本は韓国証券取引所の全投資家、2003年2月3日から 5月30日までの4か月間。いずれも1日あたりの平均であり、年率換算などの再計算は 行っていない。当時の韓国の手数料水準と取引制度は現在の日本と異なる。
同じ研究は、平均の裏側にある個人差も報告しています。期間中に正の超過リターンを 得たデイトレーダーは42.9%存在した一方、期間を通じて継続的に正の超過リターンを 得た個人がいるかまでは確認できなかった、というものです。ここでも、平均の符号と 「何割が黒字か」と「その黒字が続いたか」は別の指標として扱われています。
あわせて、デイトレードの収益性が取引規模、1日の取引時間の長さ、取引頻度の いずれとも負の相関を示したことが報告されています。台帳のレコードには相関の 大きさは収録しておらず、向きだけを収録しています。
米国 1991〜1996年 — デイトレード限定ではない対照
売買頻度と成績の関係を論じるとき最も頻繁に引かれるのが、米国の大手ディスカウント証券に 口座を持つ66,465世帯を追跡した研究です。ただしこの研究は、日中の反復売買に絞った 分析ではありません。対象はデイトレーダーではなく個人投資家全体であり、 売買回転率で世帯を分けて比べたものです。この点を踏まえずに前掲の4本と 同列に並べることはできません。
| 区分 | 年率 |
|---|---|
| 売買が最も多い層 | 11.4% |
| 平均的な世帯 | 16.4% |
| 市場(抄録が比較の基準として示す水準) | 17.9% |
Barber & Odean (2000)。標本は米国の大手ディスカウント証券に口座を持つ 66,465世帯の普通株の保有と売買、1991年から1996年の月次。デイトレードに 限定していない。差は手数料と売買スプレッドを控除した後の実現リターンで 生じており、費用を含める前で見ると売買が多い世帯と少ない世帯の成績差は ほとんどなかったと報告されている。平均的な世帯の年間売買回転率は75%。 当時の米国の手数料水準は現在と大きく異なる。
この研究が示したのは、銘柄選択そのものではなく、売買の頻度とそれに伴う 手数料・スプレッドが実現リターンを削っていたという構図です。デイトレードの 成績を直接測った研究ではないため、本記事では対照として置いています。
4か国の対照表
収録した5本を、母集団と費用控除後の結果で並べると次のようになります。 母集団の列が研究ごとに違うことが、数値をそのまま比較できない理由です。
| 研究(市場・期間) | 母集団 | 費用控除後の結果 |
|---|---|---|
| Barber, Lee, Liu & Odean (2004)(台湾、1995〜1999年) | 台湾証券取引所の全取引記録から抽出した個人のデイトレード | 取引の多い層は粗利益を得たが、取引費用を賄えなかった。典型的な半年間で10人中8人超が損失 |
| Barber, Lee, Liu & Odean (2014)(台湾、1992〜2006年) | 台湾市場のデイトレーダー全体 | 手数料控除後の正の超過リターンを予測可能かつ信頼できる形で得られたのは1%未満。単年の黒字は本文序論で約20% |
| Lee, Park & Jang (2007)(韓国、2003年2〜5月) | 韓国証券取引所の全投資家から日ごとに識別したデイトレーダー | 日次平均リターンは手数料込みで-0.81%。市場指数と手数料で調整した超過リターンは-0.66% |
| Chague, De-Losso & Giovannetti (2020)(ブラジル、2012〜2017年) | ミニIbovespa指数先物を2013〜2015年に開始し、300日を超えて継続した個人 | 97%が損失。最低賃金超は1.1%、銀行窓口係の初任給超は0.5% |
| Barber & Odean (2000)(米国、1991〜1996年) | ディスカウント証券の66,465世帯。デイトレード限定ではない | 売買が最も多い層は年率11.4%で、抄録が示す市場の17.9%を下回った |
市場も期間も定義も費用条件も異なる5本ですが、費用を差し引いた後の分布の中心が 負の側に寄るという方向では、報告が揃っています。一方で、上位層に持続的な差が あるかどうかについては、台湾の2本が上位層の存在を報告し、韓国の1本は継続性を 確認できなかったと述べており、扱いが分かれています。
いずれの研究も、著者らと独立した研究者による別標本での追試は、当サイトの台帳では 評価していません。市場・期間・費用条件が重なる部分が少ないため、5本の一致を そのまま追試の成功として読むこともできません。
日本市場への距離
ここまでの5本の標本は、台湾証券取引所、韓国証券取引所、ブラジルのミニIbovespa 指数先物、米国のディスカウント証券口座です。日本市場を直接の標本としたものは 含まれていません。日本市場のデイトレード成績を口座データで測った研究は、 当サイトの研究検証台帳には収録がありません。
- 日本の株式売買委託手数料の水準は、これらの検証には入っていない
- 信用取引の金利・貸株料・管理費といった日本固有の費用条件も、検証の対象外である
- 日経225先物や日経平均レバレッジ型ETFなど、日本のレバレッジ型商品を対象にした デイトレード成績の検証も、これら5本には含まれていない
したがって、台湾の「1%未満」やブラジルの「97%」を、日本市場の日中売買へ そのまま当てはめることはできません。当てはまらないことが示されているのではなく、 日本市場では検証されていない、というのが現在の状態です。
研究が答えていない範囲を「答えが出ている」ものとして扱わないために、 この距離は数値と同じ場所に置いておく必要があります。
関連する記事と問い
日中売買を扱う商品側の構造については、レバレッジ型ETFの日中リバランスをめぐる 研究を別記事で整理しています。こちらは結論が研究間で対立している論点です。
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本記事で扱った研究の要点を、問い単位で確認する場合はFAQもあわせて参照できます。
関連FAQ — デイトレードで利益を出せた人の割合は、研究でどう報告されていますか
関連FAQ — 売買の頻度と成績の関係は、研究でどう報告されていますか
本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・市場・費用条件の範囲でのみ 成立します。
出典一覧
- Barber, Lee, Liu & Odean, Do Individual Day Traders Make Money? Evidence from Taiwan (Working paper, 2004) — 台湾証券取引所の全取引記録、1995〜1999年。ワーキングペーパーのためDOIの付与はない。著者ページ掲載の2004年5月版PDF。
- Barber, Lee, Liu & Odean, The cross-section of speculator skill: Evidence from day trading (Journal of Financial Markets, 2014) — 台湾証券取引所の全取引記録、1992〜2006年。上位500人の日次リターンと「1%未満」の出典。
- Lee, Park & Jang, How Profitable is Day-trading?: A Study on Day-trading in Korean Stock Market (Korean Journal of Financial Studies, 2007) — 韓国証券取引所の全投資家、2003年2月3日〜5月30日。DOIの付与はなく、出版社が全文PDFを公開している。
- Chague, De-Losso & Giovannetti, Day trading for a living? (SSRN Electronic Journal, 2020) — ブラジル証券取引委員会(CVM)提供のミニIbovespa指数先物データ、2012〜2017年。300日超継続者の97%の出典。
- Barber & Odean, Trading Is Hazardous to Your Wealth: The Common Stock Investment Performance of Individual Investors (The Journal of Finance, 2000) — 米国のディスカウント証券66,465世帯、1991〜1996年。デイトレードに限定せず個人投資家全体を対象とする。