日経225に採用された銘柄は上がるのか — 戻るとする研究と、残るとする研究
「日経225に採用された銘柄は上がる」という説明は、相場の話として繰り返し出てきます。本記事は、当サイトの研究検証台帳へ収録した、日本市場を標本に含むレコードをもとに、入替の発表や実施の前後で何が観測されたかを確認します。結論を先に書くと、採用銘柄が発表日に上がり、除外銘柄が下がる向きは複数の研究で報告されています。その動きが後で戻るのか、残るのかについては、研究の間で結論が割れています。
問いの分解
「採用されたら上がる」という一つの言い方には、少なくとも四つが混ざります。
- 採用銘柄は発表日や実施日に上がり、除外銘柄は下がるか
- その動きは後で戻るのか、残るのか
- 動く理由は、一時的な需給か、他の銘柄では代わりが効かない需要か
- 動くのは採用・除外された銘柄自身だけか
研究が使っているのは、発表や実施の前後で、いつもの値動きとの差を測る方法です。イベントスタディと呼ばれます。上がったかどうかと、戻ったかどうかは別の測定であり、費用を差し引いたあとに何が残るかは、また別の問いです。本記事が扱う研究は、上がったかどうかと戻ったかどうかを測っています。費用を差し引いたあとの損益は測っていません。
二つの仮説
入替時の株価を説明する見方は、大きく二つに整理されてきました。価格圧力仮説は、指数に連動する大口の売買が、企業の中身とは別に一時的な需給を作り、動いた価格は後で戻る、という見方です。不完全代替仮説は、その銘柄への需要が変わっても他の銘柄では完全には代わりが効かず、価格の変化が残る、という見方です。
| 見方 | 想定する仕組み | 価格はどうなるか |
|---|---|---|
| 価格圧力仮説 | 指数連動の大口売買が、企業価値とは別に一時的な需給を作る | 動いたあと、後で戻る |
| 不完全代替仮説 | その銘柄への需要は、他の銘柄では完全には代わりが効かない | 動いた変化が残る |
研究はどちらも日本市場の日経指数入替を標本にするが、観測する期間の長さや、日経500を対照に含めるかは研究ごとに異なる。
発表日に採用銘柄が上がる、という観察だけからは、どちらの見方かは決まりません。分岐するのは、そのあと価格が戻りきるか、戻りきらずに残るかです。
発表日と反転
1991年から2008年までに日経225へ採用・除外された銘柄を対象にした研究は、採用銘柄は発表日に上がり、除外銘柄は下がったと報告しています。発表後には反対方向へ動きました。小型株は大型株より反応が大きく、利益予想が上方修正された採用銘柄は、発表後の異常収益も高いとされています。異常収益は、市場全体などの基準から予想される収益との差です。発表日の動きとその後の反転は、一時的な価格圧力と整合すると、この研究は位置づけています。
同じ向きの観察でも、利益予想の修正が関係する結果も出ています。需給だけか企業情報だけか、という二択にはなっていません。抄録確認のため推定の細部は未確認で、いまの入替でも同じ幅で反転するとはこの研究からは言えません。
台帳で見る — 採用は発表日に上がり、その後に反転した(Tu, 2012)
採用側だけを1991年から2002年まで追った研究は、誰の需要が価格反応に関係するかを見ています。採用銘柄の価格反応には、指数連動の注文を見越した裁定取引による一時的な需要が関係すると報告されています。指数裁定は、指数連動の注文や先物との価格差を見越して行う売買です。採用が企業の基礎価値を変えた、という説明より、実施日に向けた需給とその後の調整を重視する結果です。
台帳で見る — 採用の価格反応は、指数裁定の一時需要と関係した(Okada, Isagawa & Fujiwara, 2006)
残るとした研究
同じ1991年から2002年の日経225と日経500の構成変更を追った研究は、別の結論を報告しています。採用・除外とも一時的な反転は伴う一方、価格効果は概ね恒久的で、不完全代替仮説を支持した、という報告です。両方向で裁定取引が見られ、長期の出来高の平均変化は有意ではなく、日経225の反応は日経500より強い結果でした。
| 研究 | 標本 | 一時的な反転 | 著者が支持した見方 |
|---|---|---|---|
| Tu (2012) | 日経225、1991〜2008年 | 発表後に反対方向へ動いた | 価格圧力仮説 |
| Liu (2006) | 日経225・日経500、1991〜2002年 | 一時反転は伴う | 不完全代替仮説(効果は概ね残る) |
期間は重なりますが、対象指数、観測の切り口、著者が何を支持したかは一致しません。台帳は互いを追試としては扱っていません。Liu (2006) の「恒久的」は、研究が見ていた期間のなかで価格が完全には戻らない、という意味です。
採用銘柄が発表日に上がる、という観察は共有されています。割れているのは、その動きが戻りきるのか、戻りきらずに残るのかです。 Liu (2006) の恒久的は、企業の価値そのものが変わったと証明した意味ではありません。入替のルールや、事前にどこまで読めるか、売買の費用が変われば、観測される形も変わり得ます。
採用後の長期
見る期間を長くすると、また別の向きが出ます。1970年3月から2010年9月までの日経225採用・除外銘柄を月次で追った研究は、採用銘柄が指数入りのあと、長期では市場を下回り、その後に反転する動きを報告しています。著者は、採用が新しい企業情報を運んだという説明より、指数変更時の集団的な過剰反応と整合すると解釈しています。ここでいう過剰反応は、多くの投資家が同じ方向へ行き過ぎる動きです。除外側を含む細かな効果量は、抄録確認の範囲を越えるため台帳に載せていません。
採用された企業の質が悪い、または日経225への採用が下落を招く、という結論ではありません。入替時の価格変化と後の反転を平均して捉えた結果です。日次で発表日の前後を追った研究とは、測っている期間の長さが違います。
入替周辺の空売り
価格がどちらへ動いたかだけでなく、誰がいつ売っていたかを追った研究もあります。空売りは、借りた株を先に売り、後で買い戻して返す取引です。
2002年から2017年の日経225採用銘柄では、空売り投資家が実施直前に売り、実施後に買い戻したと報告されています。予想できる大口の買い需要に対して売りを出し、実施後に買い戻す動きとして解釈されました。空売りが採用銘柄の長期下落を予測した結果ではありません。
台帳で見る — 採用の実施直前に空売りが増え、実施後に買い戻された(Shiomi, Takahashi & Xu, 2021)
除外では向きが逆です。1998年1月から2010年12月の除外108件を手作業で集めた研究では、合併・買収53件と上場廃止8件は通常の指数除外とは事情が異なるため対象外とされています。残った標本では、空売りが除外発表後の5日間に増え、発表直後に売って実施日付近で買い戻す動きが報告されました。発表期の空売りが強い銘柄ほど、実施日後の反発も大きいとされています。発表前に企業の悪材料を知って売った、というより、実施日に予想される指数連動の売りと整合する、という解釈です。
空売り投資家の動きは、入替の前後に機械的な需給が予想されていた、という観察です。その動きをいまの入替で繰り返せるか、貸株の費用や規制を差し引いたあとに何が残るかは、これらの研究では測られていません。
一緒に動く範囲
入替は、採用・除外された銘柄自身の水準だけを動かすとは限りません。 2000年4月の日経225再定義では、採用30銘柄と除外30銘柄が、指数に残った銘柄と比べられました。採用銘柄は残留銘柄との売買高とリターンの連動が強まり、除外銘柄では弱まりました。全文で確認できる日次の指数感応度は、採用銘柄で平均0.45上がり、除外銘柄で平均0.63下がりました。指数感応度は、指数が動いたときにその銘柄が平均してどれほど動くかの尺度です。短期ほど効果が強く、指数に連動する売買が、業績の共通要因だけでは説明しにくい同方向の動きを生む、という説明と整合します。
根拠は2000年4月の一度の大規模な再定義です。採用後に連動が強まっても、企業同士の実力が急に似たとは限りません。あらゆる時期の入替に同じ大きさで当てはまるとは言えません。
省かれている説明
7本を、標本と「戻るか残るか」で並べると次のようになります。
| 研究 | 標本 | 測っている対象 | 戻るか残るか |
|---|---|---|---|
| Tu (2012) | 日経225、1991〜2008年、日次 | 発表日の反応と発表後 | 発表後に反対方向へ動いた |
| Liu (2006) | 日経225・500、1991〜2002年 | 価格効果の持続と出来高 | 一時反転はあっても概ね残った |
| Okada ほか (2006) | 日経225採用、1991〜2002年、日次 | 指数裁定の一時需要 | 実施後に調整した |
| Afego (2018) | 日経225、1970年3月〜2010年9月、月次 | 採用後の長期リターン | 長期では市場を下回り、その後反転 |
| Shiomi ほか (2021) | 日経225採用、2002〜2017年、日次 | 採用前後の空売り | 実施直前に売り、実施後に買い戻し |
| Takahashi & Xu (2016) | 除外108件、1998年1月〜2010年12月、日次 | 除外周辺の空売り | 発表後に売り、実施付近で買い戻し。実施後に反発 |
| Greenwood & Sosner (2007) | 2000年4月の再定義、採用30・除外30 | 残留銘柄との連動 | 採用で連動が強まり、除外で弱まった |
効果の大きさは、定義を統一できる形では台帳に採録されていない。日本市場を直接の標本とする研究でも、対象期間・制度・銘柄群への依存は残る。台帳は独立した標本外の再現を評価していない。
「採用されたら上がる」という一言が省いているのは、少なくとも次です。
- 除外銘柄が下がる向きも、同じ研究群で報告されている
- 発表日、実施日、その後、という時点が分かれており、長期の月次では別の向きも出る
- 動いたあと戻りきるのか、残り続けるのかで、研究の結論が割れている
- 指数連動の売買や空売りが、企業の中身とは別に観測されている
- 採用・除外された銘柄以外との連動も変わりうる
- 費用を差し引いたあとの損益は、これらの研究では測られていない
共有されているのは、入替の発表や実施の前後に、価格と売買が動くという観察です。その動きを一時的な圧力と見るか、代わりの効かない需要と見るかは、割れたままです。いまの選定規則や執行の慣行で同じ向きが出るかも、本記事の7本では確認されていません。
本記事は、日経225の構成変更を扱った査読誌等の研究の紹介です。採用銘柄や除外銘柄の売買を勧めるものではありません。各研究が報告した向きは、それぞれの標本・期間・入替のルールのもとでの観測であり、費用を差し引いたあとに何が残るかは測られていません。
出典一覧
- Tu, The Price Response to Nikkei 225 Stocks Index Adjustments (The International Journal of Business and Finance Research, 2012) — 日経225、1991〜2008年。発表日の反応と発表後の反転。価格圧力仮説と整合。
- Liu, The Impacts of Index Rebalancing and Their Implications: Some New Evidence from Japan (Journal of International Financial Markets, Institutions and Money, 2006) — 日経225・日経500、1991〜2002年。一時反転を伴いながら価格効果は概ね恒久。不完全代替仮説を支持。
- Okada, Isagawa & Fujiwara, Addition to the Nikkei 225 Index and Japanese Market Response: Temporary Demand Effect of Index Arbitrageurs (Pacific-Basin Finance Journal, 2006) — 日経225採用銘柄、1991〜2002年。指数裁定による一時的需要。
- Afego, Index Shocks, Investor Action and Long-Run Stock Performance in Japan (Journal of Behavioral and Experimental Finance, 2018) — 日経225、1970年3月〜2010年9月、月次。採用銘柄が長期では市場を下回り、その後に反転。
- Shiomi, Takahashi & Xu, Strategic Short Selling Around Index Additions: Evidence from the Nikkei 225 (International Review of Finance, 2021) — 日経225採用銘柄、2002〜2017年。実施直前の空売りと実施後の買い戻し。
- Takahashi & Xu, Trading Activities of Short-Sellers Around Index Deletions: Evidence from the Nikkei 225 (Journal of Financial Markets, 2016) — 除外108件(合併・買収53件と上場廃止8件は対象外)、1998年1月〜2010年12月。
- Greenwood & Sosner, Trading Patterns and Excess Comovement of Stock Returns (Financial Analysts Journal, 2007) — 2000年4月の日経225再定義。採用30・除外30。日次の指数感応度は採用で平均0.45上昇、除外で平均0.63低下。