問いの分解

「時間帯によって値動きが違う」という一つの言い方に見えるものは、 研究の側から見ると別々の問いに分かれます。収録したレコードを読むと、 次の四つが区別されずに語られてきたことが分かります。

  • 変動の大きさ(ボラティリティ)に、時間帯の型があるか
  • リターンの向きや大きさに、時間帯の型があるか
  • 取引していない夜間に、何が起きているか
  • これらは日本市場の標本で測られたものか

本記事の核心は、最初の二つを混同しないことです。ある時間帯に値動きが荒くなる形が 観測されることと、その時間帯に売買した結果として利益が残ることは、別の主張です。 前者は価格系列の統計的な性質の記述であり、後者は費用を差し引いた後の損益の測定です。 以下で見るとおり、日本市場を標本とした研究は前者を報告しており、 後者を測った研究は本記事の範囲には含まれていません。

前場と後場、二つのU字

日経225の現物指数そのものを標本として、日中の変動の形を測った研究があります。 日本経済新聞社から提供された分単位データを5分間隔へ集計し、 1994年1月2日から1997年12月31日までの984取引日、1日53本、 合計52,152本の収益率を用いた分析です。夜間の情報が反映されて変動が突出する 09:00から09:05までの初回収益率は除外されています。

5分収益率の絶対値の平均が示した日中の形
時間帯 報告された変動の水準
前場の始まり 高い
前場の半ば 下がる
昼休みの前後 持ち直す
後場の終わりへ向けて 再び高くなる

Andersen, Bollerslev & Cai (2000)。標本は日経225現物指数、1994年1月から 1997年12月までの5分足52,152本。対象時間帯は09:00〜15:00で、 当時の東証は11:00〜12:30が昼休み。時間帯ごとの水準は原典の図表にあり、 抄録には効果量が示されていないため本サイトでは数値を収録していない。

結果として、一日の中に二つのU字が並ぶ形が現れます。米国株について繰り返し 報告されてきた一日一つのU字ではなく、二重U字型です。東証の取引が昼休みをはさんで 前場と後場に分かれているという取引時間の区切りが、この観測の形に対応しています。 同じ研究では、日中の周期成分を取り除くと日をまたぐ長期記憶型のボラティリティ依存が 確認され、識別しやすい日本のマクロ経済統計の公表は日々のボラティリティ変動を ほとんど説明しなかったとも報告されています。

報告されているのは値動きの荒さの時間帯分布です。どの時間帯にどう売買すれば 費用を差し引いた後に何が残るかは、この研究では検証されていません。

台帳で見る — 日経225の日中ボラティリティは、前場と後場それぞれでU字を描く(Andersen, Bollerslev & Cai, 2000)

形が現れる指標と、現れない指標

ここが本記事で最も重要な区別です。日経平均株価と大阪証券取引所の日経225先物を 分刻みで調べた研究は、同じ日中の時間帯パターンを二つの指標で測り、 結果が分かれることを報告しました。標本は1988年10月3日から1994年9月8日までの 1,472営業日で、15分区間ごとに集計されています。

何で測るかによって、日中パターンの出方が変わる
測る対象 報告された結果
平均リターン 先行研究がTOPIXで報告したW字型は確認されなかった。前場寄り付きのリターンだけが正で絶対値が大きく、月曜・火曜の先物はその例外だった
リターンの標準偏差 他の日本市場の先行研究と同様に、W字型のパターンが確認された

Yoshikawa (2001)。標本は日経平均株価と大阪証券取引所の日経225先物の分刻みデータ、 1988年10月から1994年9月までの1,472営業日。当時の現物の日中データは 1991年4月22日以前が9:01〜11:00と13:01〜15:00の240本、以後は9:01〜11:00と 12:31〜15:00の270本。時間帯ごとの水準は原典の表を参照。

変動の型が観測されることと、リターンの型が観測されることは、 同じ標本の中でさえ一致していません。前節で見た二重U字も、この研究のW字も、 測っているのは変動の大きさです。値動きが荒い時間帯があるという観測から、 その時間帯に一定の向きの値動きが期待できるという結論は導かれていません。

この二つの研究は標本期間が重ならず、データ頻度も異なります。 前者は1994〜1997年の5分足、後者は1988〜1994年の分刻みです。 台帳では互いを追試ではなく同分野の関連研究として扱っています。

台帳で見る — 日経平均のリターンにW字型は現れず、ボラティリティにはW字型が現れた(Yoshikawa, 2001)

取引していない時間に何が起きているか

三つ目の問いは、板が閉じているあいだの値動きです。収益率を取引時間中の日中成分と 非取引時間のオーバーナイト成分へ分け、極端な損失の起きやすさ(裾リスク)を 比べた研究があります。米国、フランス、ドイツ、日本の主要株式市場が対象で、 条件付き分散にGARCHモデル、収益率のイノベーションの分布に一般化パレート分布を 当てはめた推定です。

裾の厚さで測ったときの、日中とオーバーナイトの違い
収益率の成分 裾リスクの検定結果
日中のイノベーション 有意な裾リスクは検出されなかった
オーバーナイトのイノベーション 有意な裾リスクが検出された

Riedel & Wagner (2015)。対象は米国・フランス・ドイツ・日本の主要株式市場。 確認した抄録に標本期間、指数名、観測数、市場別の推定値の記載はなく、 報告された結論は対象4市場をまとめたものである。

同じ研究は、オーバーナイトの下方リスクが中程度のボラティリティ・リスク成分と 有意な裾リスク成分から構成されると報告し、ボラティリティだけに基づくリスク評価は オーバーナイトの下方リスクを大幅に過小評価すると結論しています。 つまり、リスクをどの尺度で測るかによって、日中と夜間の順序が入れ替わり得ます。 変動の大きさで見れば日中の方が大きく見える一方、まれに起きる極端な損失で見ると 夜側に偏る、という指摘です。

もう一つ、取引時間外の値飛びを価格モデルへ組み込んだ研究があります。 オーバーナイトギャップとフラッシュクラッシュをランダムウォーク、自己回帰、 レジームスイッチングの各モデルへ入れたうえで、四種類の損切り実装を パラメトリックな手法とノンパラメトリックな定常ブートストラップの二経路で 評価したものです。上昇局面では多くの指標で期待リスク調整後リターンが改善し、 下落局面では期待リターンの絶対値が改善したと報告されています。

こちらは実市場の売買記録ではなく価格モデル上での評価であり、 日本市場での検証は行われていません。夜間の窓開けが検証の対象として 扱われている例として引いています。

台帳で見る — 有意な裾リスクはオーバーナイトに現れ、日中には現れなかった(Riedel & Wagner, 2015)

台帳で見る — 夜間の窓開けを織り込んでも、損切りは効くのか(Arratia & Dorador, 2019)

現物と先物のあいだの時間差

日中の構造には、もう一つ別の軸があります。同じ日経225を参照する現物と先物の どちらが先に動くか、という市場間の時間差です。前掲のYoshikawa (2001) は 自己相関、重回帰、45次のベクトル自己回帰でこの関係を推定しています。

現物と先物の先行・遅行関係と、オーバーナイトの違い
観測の対象 報告された結果
全期間のリード・ラグ 現物と先物の先行・遅行関係はほぼ同程度(15分前後)だった
先物規制が緩やかだった期間 先物が現物を強く先行した
先物規制が厳しかった期間 規制の効果と先物市場の成熟の効果が入り混じり、著者は解釈にさらなる検討が必要としている
オーバーナイトのリターン 現物のリターンが絶対値で先物のオーバーナイト・リターンを上回った
オーバーナイトの標準偏差 現物の方が先物より小さかった

Yoshikawa (2001)。非規制期間は1989年1月30日〜1990年8月23日の391営業日、 規制期間は1992年3月23日〜1994年2月10日の469営業日。 オーバーナイトの差の大きさは原典の表を参照。両者の閉場時刻の違いなどが 要因として論じられている。

より新しい標本では、2006年から2019年の高頻度データを用いて、 日経225現物、大阪上場先物、シンガポール上場先物の価格調整を比較した研究があります。 一定速度を仮定する線形モデルと、価格差に応じて調整速度が滑らかに変わる 平滑推移モデルを対比したもので、価格差の状態によって調整関係が変わる可能性と、 市場拠点ごとの先導性の違いが報告されています。単一の固定的な先物先導関係では 捉えにくい結果です。台帳では、この研究の効果量は定義を統一できないため 収録していません。

先物が常に現物より先に動く、あるいは一方の市場を見れば他方の将来価格が分かる、 という意味ではありません。対象は市場間の短期的な価格調整であり、 その遅れを使って費用控除後に何が残るかは検証されていません。

台帳で見る — 日経平均の現物と先物はどちらが価格を先導するか(Qin, Green & Sirichand, 2023)

5本の対照表

収録した5本を、標本・測っている対象・日本市場が標本に入るかで並べると 次のようになります。

日中とオーバーナイトの構造に関する研究5本
研究 標本と頻度 測っている対象 日本市場
Andersen, Bollerslev & Cai (2000) 日経225現物、1994-1997、5分足52,152本 日中ボラティリティの形(二重U字) 標本そのもの
Yoshikawa (2001) 日経平均と日経225先物、1988-1994、分刻み1,472営業日 リターンとその標準偏差の日中パターン、リード・ラグ 標本そのもの
Riedel & Wagner (2015) 米・仏・独・日の主要株式市場、標本期間は抄録に記載なし 日中とオーバーナイトの裾リスク 対象4市場に含まれる
Arratia & Dorador (2019) 価格モデル上の評価(実市場標本なし) 窓開けを織り込んだ損切りの評価 検証されていない
Qin, Green & Sirichand (2023) 日経225現物と大阪・シンガポール先物、2006-2019、高頻度 現物先物の価格調整と先導性 標本そのもの

日本市場を直接の標本とした研究が複数あるという点では、この論点は 出口ルールやレバレッジ型商品の論点より恵まれています。 一方で、測られているのはいずれも価格系列の性質であり、 時間帯を選んだ売買の費用控除後の損益を測った研究は、この5本には含まれていません。

検証されていない範囲

この論点で最大の留保は、標本期間の古さです。日中パターンを直接報告した2本は、 1988年から1997年の日本市場を観測しています。

  • 当時の東証の昼休みは11:00から12:30であり、それ以前の標本ではさらに区切りが異なっていた
  • 立会時間、呼値の刻み、証拠金率、特別気配などの制度は、その後も変更されている
  • アルゴリズム取引や高頻度取引の普及状況は、当時と現在で大きく異なる

取引時間や制度が変われば、観測されるパターンも変わり得ます。 二重U字型やW字型が現在の日本市場でも同じ形で観測されるかは、 本記事の5本では確認されていません。台帳でも、これらの研究は互いの追試ではなく 同分野の関連研究として扱っており、独立標本での再現は評価していません。

もう一つの空白は、商品の範囲です。ここで測られているのは日経225の現物指数、 日経平均株価、日経225先物です。日経平均レバレッジ・インデックス連動型の 上場投資信託のようなレバレッジ型商品が、一日の中でどう動くかは、 本記事の研究では検証されていません。信用取引の金利・貸株料・管理費といった 日本固有の費用条件も、これらの検証には入っていません。

時間帯の観測は、売買のタイミングに関する示唆として読まれやすい論点です。 ここで確認できたのは価格系列の統計的な性質までであり、 特定の時間帯での売買が費用を差し引いた後に何を残すかを測った研究は、 本記事の範囲には含まれていません。

関連する問い

レバレッジ型商品そのものの日中構造については、別記事で扱っています。 引け際のリバランスをめぐる研究は結論が割れており、 本記事の日中パターン研究とは別の論点です。

関連記事 — レバレッジ型ETFの日中構造は何が観測されているか

個別の問いに対する短い回答は、FAQへまとめています。

関連FAQ — 日本株の値動きに時間帯のパターンは観測されていますか

関連FAQ — 日中とオーバーナイトでは、リスクやリターンに違いが報告されていますか

本記事は査読誌等に掲載された研究の一般的な紹介であり、売買推奨・投資助言では ありません。各研究の結論は、それぞれの標本・期間・前提の範囲でのみ成立します。

出典一覧