シャノンの思考実験

「シャノンの悪魔」は、情報理論の創始者クロード・シャノンが1960年代にマサチューセッツ工科大学の講義で示したとされる思考実験の通称です。値動きの荒い資産と現金を半々で保有し、毎期その比率へ戻すと、資産価格が上下を繰り返すだけでも保有資産が成長する、という内容として紹介されています。

学術論文として公刊されたものではなく、William Poundstoneの書籍『Fortune's Formula』(2005年)などを通じて知られています。「悪魔」という呼び名は、熱力学のマクスウェルの悪魔になぞらえたものとされます。この来歴と、以下の研究が定義・検証した結果は分けて扱います。

日経レバETFを保有する人にとって気になるのは、値動きが成長を損なうという説明と、値動きから成長が生まれるという説明が両立するかでしょう。ただし、現金と変動資産を半々で持つ思考実験と、同じ指数に連動する倍率の異なるETFを組み合わせる運用は、同じ設定ではありません。

比較相手と成績の尺度

利得の有無を調べる前に、問いを分けます。構成資産の複利成績の加重平均を上回るのか、同じ資産の買い持ちを上回るのか、原指数を上回るのかでは、比較相手が異なります。また、複数期間の成長を表す幾何平均と、各期の期待リターンを扱う算術平均も、そのまま置き換えられません。

  • 利得の定義と源泉について、どこまで研究の説明が一致しているか。
  • 往復相場とトレンド相場で、買い持ちとの損益形状がどう変わるか。
  • レバレッジ型ETF内部の日次調整と、保有資産の配分調整がどう関係するか。
  • 頻度・費用・税を含め、日本の商品でどの成績がまだ測られていないか。

以下では理論上の関係、海外標本の成績、国内で不足する比較を順に確認します。研究間で評価軸が異なるため、好成績を報告した本数だけで結論を決める読み方はできません。

複利成長の追加分

BoothとFama(1992)は、一定比率ポートフォリオの複利リターンが、構成資産の複利リターンの加重平均を上回り得る差を整理しました。FernholzとShay(1982)は、連続時間の株価過程を前提に、ポートフォリオと構成銘柄の相対的な成績を表す超過成長を導入しています。

Boucheyほか(2012)は、変動する資産を分散し、一定比率へ系統的に戻すことで生じる複利成長を説明しました。条件として、流動性のある市場、正の変動性、1未満の相関を挙げています。著者らが区別しているのは、この複利成長と、予測力や銘柄選択から得る算術平均ベースの期待超過リターンです。

複利成長を説明する三つの整理
研究 評価軸 報告
Booth・Fama 複利リターンの差 構成資産の複利リターンの加重平均を上回り得る
Fernholz・Shay 長期の相対成績 超過成長を導入し、市場全体の均衡制約を整理
Boucheyほか 成長の性質と条件 期待超過リターンと区別した複利成長を説明

Booth・FamaとFernholz・Shayは実証標本のない理論研究です。Boucheyほかの具体的な市場・期間は未確認です。

したがって、追加分があるという説明を、構成資産のどれよりも高い成績になるという意味へ広げることはできません。加重平均との差を示すことと、投資家が選べる別の保有方法に勝ることは、別の検証です。

台帳で見る — 分散リターンと資産の寄与(Booth・Fama, 1992)

台帳で見る — 確率的ポートフォリオ理論と株式市場の均衡(Fernholz・Shay, 1982)

台帳で見る — 分散とリバランスはなぜポートフォリオを成長させるのか(Boucheyほか, 2012)

利得の源泉をめぐる反論

源泉の説明は割れています。Willenbrock(2011)は、リバランスを行うポートフォリオ、買い持ち、コモディティ先物指数を扱い、分散リターンは値動きのばらつき(分散)の低下ではなく、相対的な値上がり資産を売り、値下がり資産を買い直すリバランスから生じると論じました。買い持ちでは値上がり資産の比率が高まることを、別の追加的なリターンの源泉として区別しています。

一方、ChambersとZdanowicz(2014)は、分散投資や分散リターン自体は期待値を増やす源泉ではないと主張しました。リバランスで期待値が高まるなら、その源泉は資産価格の平均回帰だという立場です。「分散リターン」を期待値の上乗せと読む見方に対する反論ですが、これを単に値動きのばらつき(分散)の低下の言い換えと要約すると、平均回帰という条件が抜け落ちます。

リバランスの売買と期待値を分ける議論
研究 評価軸 報告
Willenbrock 分散リターンの源泉 値動きのばらつき(分散)の低下ではなくリバランスの売買に求める
Chambers・Zdanowicz 期待値への上乗せ 分散投資や分散リターン自体ではなく平均回帰が源泉だと主張
Cuthbertsonほか 収益の定義と期間 リバランス固有の収益と分散リターンの混同を指摘

Willenbrockはコモディティ先物指数も対象とし、Cuthbertsonほかはシミュレーションも使用しています。具体的な市場・標本期間は未確認です。

Cuthbertsonほか(2016)は、リバランスなしでも得られる分散リターンと、リバランスに固有の収益を分けるよう求めています。無限に長い期間での優位は、有限の保有期間の成績を正確に表さないとも報告しました。売買を源泉とする説明を採るだけでは期待値の上乗せは確定せず、期待値への反論だけで複利成長の差が消えるとも言えません。争点を残したまま読む必要があります。

台帳で見る — 分散リターン、ポートフォリオのリバランス、コモディティ収益の謎(Willenbrock, 2011)

台帳で見る — 分散リターンの限界(Chambers・Zdanowicz, 2014)

台帳で見る — リバランスは実際に何を生むのか(Cuthbertsonほか, 2016)

相場による損益の違い

PeroldとSharpe(1988)は、株式などのリスク資産と安全資産を組み合わせ、買い持ち、保険型、固定比率型の損益形状を比較しました。固定比率型は、株式が下落すると買い、上昇すると売る規則です。方向感のない不安定な相場で最もよく機能する一方、下値保護と上方余地は買い持ちより小さいと整理しています。

固定比率戦略と買い持ちの形状
評価軸 固定比率戦略の報告 比較相手
往復相場 最もよく機能する環境と整理 他の資産配分戦略
下値保護 小さい 買い持ち
上方余地 小さい 買い持ち

リスク資産と安全資産の理論比較です。実証標本の市場・期間は示されていません。

この形状は、変動幅が大きいほど固定比率戦略に有利、という説明とは異なります。価格が行き来するのか、一方向へ進み続けるのかで結果は変わります。先のChambersとZdanowiczの反論も、期待値の向上を平均回帰と結び付けています。ただし、相場ごとの特徴を説明する理論から、次の相場を事前に判定する方法が得られるわけではありません。

台帳で見る — 資産配分のための動的戦略(Perold・Sharpe, 1988)

米国株で測った差

買い持ちとの差を実際の株式で調べたのがMaesoとMartellini(2020)です。S&P 500構成銘柄を使い、因子の影響を調整した後も、5年の保有期間ではリバランス戦略が年率100ベーシスポイントを超える平均上振れを示したと報告しています。

米国株での買い持ちとの比較
評価軸 報告 読み取れる範囲
因子調整後の成績 5年保有で年率100ベーシスポイント超の平均上振れ 100は正確な平均値ではなく下限の基準値
銘柄特性 小型などの特性で便益が高かった すべての株式に共通する差ではない
初期配分 便益の大きさに影響 戻す行為だけで差の大きさは決まらない

標本はS&P 500構成銘柄です。1年から5年は保有期間で、株価データの標本期間とリバランスの実施間隔は未確認です。

この研究は、同じ銘柄群で比率を戻す場合と変化したままにする場合の比較に近い問いへ答えています。それでも、測ったのは米国株の組合せです。倍率の異なる二つのETFを組み合わせた結果として数値を読み替えることはできません。

台帳で見る — 株式市場でリバランスの便益を測る(Maeso・Martellini, 2020)

レバレッジ型の減価

1570は、日経平均の日々の変動率の2倍を目指す指数に連動します。日次で倍率を作り直す商品内部の調整と、投資家が1570と別の資産の保有比率を戻す調整は、分けて考える必要があります。

Giese(2010)は、毎日倍率を保つファンドを理論と数値シミュレーションで扱い、倍率による成長率の押し上げと、原資産の変動による成績の押し下げを同じ枠組みで示しました。取引費用の重要性も評価し、市場条件に応じて期待将来リターンを最大にする倍率が存在すると報告しています。原典の要旨には、その具体的な水準はありません。

AvellanedaとZhang(2010)は、レバレッジ型ETFの期間リターンを原指数の期間リターンと実現分散に結び付ける関係式を導き、米国のファンド56本で四半期の成績を検証しました。乖離の向きまで一律に不利とした研究ではなく、原指数の経路と実現分散が関わる整理です。2008年には、多くのレバレッジ型ETFが同じ倍率を保ち続ける静的な戦略を下回ったと報告しています。著者らは、これらの商品を買い持ち投資家には適さないと結論しました。

減価側と成長側の比較対象
研究 評価軸 報告
Giese 倍率と変動の釣り合い 成長の押し上げと変動による押し下げをモデル化
Avellaneda・Zhang 原指数との期間リターンの関係 原指数リターンと実現分散を使う関係式
Fernholz・Shay/Boucheyほか 構成資産とポートフォリオの成長 超過成長の定義や、分散投資・リバランスの条件を整理

Gieseは実証標本のない理論・数値シミュレーションです。AvellanedaとZhangは米国56本の2008年1月または設定日以降の日次価格を使用し、標本終期は未確認です。

減価側では変動が成績を押し下げる要因となり、分散した固定比率ポートフォリオ側では変動が追加的な複利成長の条件になります。同じ変数であるボラティリティが逆向きに関わる構図は読めますが、別の対象について導かれた関係式をつなぎ、片方の損失額がもう片方の利得になるとは読めません。

また、AvellanedaとZhangが示した、おおむね週次の動的リバランスによる原指数リターンの複製は、原典の条件を伴う結果です。原指数のリターンを複製する調整と、二つのETFを一定比率へ戻す調整では、目的も売買規則も区別する必要があります。

台帳で見る — レバレッジ型・逆レバレッジ型ETFのリスクとリターンの釣り合い(Giese, 2010)

台帳で見る — レバレッジ型ETFのリターンは、指数の経路に依存する(Avellaneda・Zhang, 2010)

頻度と費用の比較

Dichtlほか(2014)は、米国・英国・ドイツの株式と債券の過去データで、周期型・閾値型・範囲型を比較しました。すべての方法が買い持ちをリスク調整後の指標で上回る一方、方法の選択による経済的な差は小さいと報告しています。

実施方法の比較で分かること
評価軸 報告 未確認の条件
買い持ちとの差 三つのリスク調整後指標で上回った 具体的な差の数値
方法間の違い 経済的な差は小さい 実施間隔と閾値幅
費用と税 課税後の手取りは比較されていない 取引費用の扱いと日本の課税

米国・英国・ドイツの株式・債券による比較で、標本期間は未確認です。

この結果から、毎日と毎月のどちらがよいかを選ぶことはできません。費用を負担してでも頻繁に戻す価値があるかという問いには、具体的な売買回数と費用条件を含む比較が必要です。Cuthbertsonほかが指摘する過大な取引費用の問題も、成長の仕組みだけでは実施頻度が決まらないことにつながります。

台帳で見る — リバランスの価値はどこから生まれるのか:異なる方法を体系比較(Dichtlほか, 2014)

研究と問いの対応

どの研究が何に答えているか
研究 問いの軸 直接の比較対象
Booth・Fama/Boucheyほか 複利成長の追加分とは何か 構成資産の成績とポートフォリオ
Willenbrock/Chambers・Zdanowicz 利得の源泉は何か リバランス、分散投資、平均回帰
Cuthbertsonほか 有限期間にも広げられるか リバランスを行う戦略と行わない戦略
Perold・Sharpe 相場によって得失が変わるか 固定比率、買い持ち、保険型
Maeso・Martellini 買い持ちとの差は測られたか S&P 500構成銘柄
Giese/Avellaneda・Zhang 日次倍率調整と減価の関係は何か レバレッジ型ファンドと原指数
Dichtlほか 実施方法で差が出るか 欧米の株式・債券

理論、シミュレーション、海外データの比較を含み、共通条件で研究間の成績を順位づけした表ではありません。Maeso・MartelliniとAvellaneda・Zhangの取引費用控除後の成績、Dichtlほかの取引費用の扱いは未確認です。

固定比率へ戻し続けるリバランスが、各資産を持ち続ける場合より複利成長率を高めると報告した研究はありますか

リバランスの利得は期待リターンを高めるものではない、という反論は研究で報告されていますか

レバレッジ型ETFの減価と、固定比率へ戻すリバランスの利得は、同じ仕組みの表裏だと研究で整理されていますか

2倍型と1倍型のETFを組み合わせ、中間の実効倍率を保つ場合の減価や成績は、研究でどう報告されていますか

固定比率戦略は往復相場で有利になり、トレンド相場では不利になりやすいという損益形状は研究で示されていますか

固定比率へ戻すリバランスの頻度や閾値の違いは成績にどう影響すると報告され、費用や税の影響は測られていますか

日本の商品との距離

1570の正式名称は「NEXT FUNDS 日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信」、1321は「NEXT FUNDS 日経225連動型上場投信」です。どちらも野村アセットマネジメントのシリーズですが、前者は日々の2倍の変動を目指す指数、後者は日経平均株価に連動します。

不足しているのは、この二つについて配分比率と戻す頻度を定め、組み替えない同じ初期配分、各ETF単独、原指数と比較した成績です。複利成長率の差とリスク調整後の差も分けて測る必要があります。Boucheyほかが挙げる「相関が1未満」という条件との関係では、同じ指数に連動し、日次の値動きの相関がほぼ1になる二商品の組合せを、これらの研究は検討していません。

さらに、日本の特定口座での実現益課税、売買手数料、信託報酬の差を含む手取りは未検証です。海外株のリバランス便益や、レバレッジ型ファンドの理論上の最適倍率から、この二商品の配分や成績を導くことはできません。

関連する検証と論点

当サイトでは、1570の理論値と実績値の一次検証、経路依存を扱う研究、長期保有禁止という通説を別の記事で扱っています。今回の固定比率リバランスとの違いを確認する際は、それぞれが置いた比較条件も参照できます。

日経レバETF(1570)の理論値と実績値 — 3年データでの検証記録

レバレッジ型ETFは本当に減価するのか — 学術研究4本が置いた条件

レバレッジ型ETFの減価は時間の問題か — 長期保有禁止という通説の検討

レバレッジ型ETFは、長く保有するほど成績が悪化すると学術研究で報告されていますか

本記事は研究の報告内容と適用範囲を整理する情報提供であり、特定商品の売買や配分を勧めるものではありません。記載した研究結果は、将来の運用成績を保証しません。

出典一覧